一 その後、玄徳は徐州の城へはいったが、彼の志とは異っていた。しかし事の成行き上、また四囲の情勢も、彼に従来のようなあいまいな態度や卑屈はもうゆるさなくなってきたのである。 玄徳の性格は、無理がきらいであった。何事にも無理な...
一 曹操の死は天下の春を一時寂闇にした。ひとり魏一国だけでなく、蜀、呉の人々の胸へも云わず語らず、人間は遂に誰であろうとまぬがれ難い天命の下にあることを、今さらのように深く内省させた。 「故人となって見れば彼の偉大さがなお分る...
一 一夜、司馬懿は、天文を観て、愕然とし、また歓喜してさけんだ。 「――孔明は死んだ!」 彼はすぐ左右の将にも、ふたりの息子にも、昂奮して語った。 「いま、北斗を見るに、大なる一星は、昏々と光をかくし、七星の座は崩れ...
一 長安に還ると、司馬懿は、帝曹叡にまみえて、直ちに奏した。 「隴西諸郡の敵はことごとく掃討しましたが、蜀の兵馬はなお漢中に留っています。必ずしもこれで魏の安泰が確保されたものとはいえません。故にもし臣をして、さらにそれを期せ...
一 その日の戦いは、董卓の大敗に帰してしまった。 呂布の勇猛には、それに当る者もなかった。丁原も、十方に馬を躍らせて、董卓軍を蹴ちらし、大将董卓のすがたを乱軍の中に見かけると、 「簒逆の賊、これにありしか」と、馳け迫って...
一 玄徳の死は、影響するところ大きかった。蜀帝崩ず、と聞えて、誰よりも歓んだのは、魏帝曹丕で、 「この機会に大軍を派せば、一鼓して成都も陥すことができるのではないか」 と虎視眈々、群臣に諮ったが、賈詡は、 「孔明がお...
一 魏の大軍が呉へ押襲せてくるとの飛報は、噂だけにとどまった。 嘘でもなかったが、早耳の誤報だったのである。 この冬を期して、曹操が宿望の呉国討伐を果たそうとしたのは事実で、すでに南下の大部隊を編制し、各部の諸大将の任...
一 彼の病気はあきらかに過労であった。それだけに、どっと打臥すほどなこともない。 むしろ病めば病むほど、傍人の案じるのをも押して、軍務に精励してやまない彼であった。近頃聞くに、敵の軍中には、また気負うこと旺なる将士が、大いに...
一 多年軍需相として、重要な内政の一面に才腕をふるっていた李厳の退職は、何といっても、蜀軍の一時的休養と、延いては国内諸部面の大刷新を促さずにはおかなかった。 蜀道の嶮岨は、事実、誰がその責任者に当っても、克服することのでき...
一 呉に年々の貢ぎ物をちかわせて来たことは、遠征魏軍にとって、何はともあれ、赫々たる大戦果といえる。まして、漢中の地が、新たに魏の版図に加えられたので、都府の百官は、曹操を尊んで、「魏王の位に即いていただこうじゃないか」と、寄々、...
一 楊奉の部下が、 「徐晃が今、自分の幕舎へ、敵方の者をひき入れて何か密談しています」 と、彼の耳へ密告した。 楊奉は、たちまち疑って、 「引っ捕えて糺せ」と、数十騎を向けて、徐晃の幕舎をつつみかけた。すると、...
一 味方の大捷に、曹操をはじめ、十八ヵ国の諸侯は本陣に雲集して、よろこびを動揺めかせていた。 そのうちに、討取った敵の首級何万を検し大坑へ葬った。 「この何万の首のうちに、一つの呂布の首がないのだけは、遺憾だな」 ...
一 冀北の強国、袁紹が亡びてから今年九年目、人文すべて革まったが、秋去れば冬、冬去れば春、四季の風物だけは変らなかった。 そして今し、建安十五年の春。 鄴城(河北省)の銅雀台は、足かけ八年にわたる大工事の落成を告げてい...