魏延と黄忠

 玄徳、涪城を取って、これに拠る。――と聞えわたるや、蜀中は鳴動した。
 とりわけ成都の混乱と、太守劉璋の愕きかたといったらない。
「料らざりき、今日、かくの如きことあらんとは」
 と、痛嘆する一部の側臣を尻目にかけ、劉※、冷苞、張任、鄧賢などは、
「それ見たことか」
 と、自分たちの先見を誇ってみたものの、いまは内輪もめしていられる場合でもない。
「お案じあるな、われわれ四将が、成都の精鋭五万をひっさげ、直ちに馳せおもむいて、雒県の嶮に彼らを防ぎ止めますから」
 劉璋もいまは、迷夢からさめたように、
「よいように」
 と、それらの人々に防ぎを一任するしかなかった。
 大軍の立つ日である。四将のひとり劉※が他の三将に諮った。
「前々から聞いていたことだが、錦屏山の岩窟にひとりの道士がいるそうな。紫虚上人といわれ、よく占卜を修め、吉凶禍福の未来を問うに、掌をさすようによくあたるという。いま玄徳に向って成都の大軍をうごかすにあたり、勝か敗かひとつ卜わせてみるのも無駄ではあるまい。易によって、また大利を得るかもしれん。どうだろう諸公」
 張任は笑って、
「ばかを云いたまえ、一国の興亡を負って、その軍を指揮するものが、山野に住む一道士の言を訊かねば、戦う自信が持てないようなことでは、士気を昂揚することもできはしない」
「いやいや、何も戦に臆して、吉凶を卜わせようというわけではない。この一戦こそ蜀の運命を左右するものだから、万全を期して、凶を招くようなことは、少しでも踏むまいと念ずるからだ。これも国を思えばこそで、決して単なる迷いや臆病からいうのではない」
「それほどに仰せあるなら、何も強いて止めはせん。貴公ひとりで訪ね給え」
「よろしい、行ってくる」
 部下数十騎をつれて、劉※はすぐ錦屏山へ登った。
 一窟の前に、紫虚上人は、霧を吸って、瞑想していた。
 劉※がひざまずいて、
「上人。何が見えますか」
 と、たずねた。
 紫虚上人は、ぶあいそに、
「蜀中が見えるよ」
 と、いった。
 かさねて、劉※が、
「西蜀四十一州だけですか。天下は見えませんか?」
 すると、紫虚上人は、
「よけいなことを訊かいでもいいじゃろう。御身の知りたがって来たことだけに答えてやる。童子
 と、うしろにいた子供に命じて、紙と筆をとりよせ、一文を書いて、劉※へさずけた。
 読んでみると、

左龍右鳳
飛入西川
鳳雛墜地
臥龍昇天
一得一失
天数如然
宜帰正道
勿喪九泉

「上人。……蜀は勝つでしょうか」
「定業のがれ難し、じゃよ」
「われわれ四将の気数運命はどうでしょう」
「定業の外ではあり得ない」
「というと?」
「それだけだよ」
「では、玄徳の軍は、蜀において成功しますか、それとも失敗しますか」
「一得一失。それに書いてあるのを見ないか。くどい。もう問うな」
 眼をふさぐと、みたいに、もう何を訊いても、返辞をしなかった。
 劉※は、山を降りて、
「慎まねばいかん。どうも蜀にとって良い予言ではないようだ」
 と、三将へ伝えると、張任はひどくおかしがって、
「いやはや、劉※は迷信家だ。山野の狂人の譫言をそれほどに尊重するなら、馬のいななきにも、狗の啼き声にも、いちいち進退を問わねばなるまい。――外敵に当るまえに、まず心中の敵を退治るのが肝要。いざ、迷わずに」
 と、即日、軍をすすめた。

 雒県の山脈と、往来の咽喉を扼している、雒城の要害とは、ちょうど成都涪城のあいだに在る。
 涪城から玄徳が放しておいた斥候の一隊は、倉皇と立ち帰ってきてこう報らせた。
「蜀の四将が、全軍五万を、二手にわけて、一は雒城をかため、一は雒山の連峰をうしろにして、強固な陣地を構築しております」
 玄徳はすぐ諸将に諮った。
「敵の先陣は、蜀の名将、冷苞、鄧賢の二将と聞く。これを破るものは、成都に入る第一の功名といえよう。誰かすすんでそれを撃破してみせるものはないか」
 すると、幕将のうちでもいちばん老いぼれて見える老将黄忠が、身をゆるがして、
「此方にお命じください」と、いった。
 云い終るか終らぬうちに、それとはまるで声からしてちがう若者が、
「あいや、老黄忠のお年では、ちと敵が強過ぎよう。その先陣は、それがしにお命じ賜わりたい」
 と、横からその役を買って出た。
 誰かと見れば、魏延である。序戦の勝敗は大局に影響する。なんぞ老将の手を借らんやと、魏延は気を吐いて、切に自身先鋒たらんことを希った。
「これは異な仰せかな」
 と、老黄忠も黙っていない。
「ご辺が魁の功名をねがわるるはご随意だが、この黄忠を無用のごとくいわるるは聞きずてならん。何故、此方には勤まらぬといわれるか」
 詰め寄ると、魏延、
「あらためて申すまでもない。老いては血気弱く、あなたばかりではなく、誰にせよ、強敵を破るはまず難しいというのが常識であろう」
「お黙りなさい。老骨は必ず若い者に敵せぬという定則はない。むしろご辺のように、ただ若きにのみたのむ者こそ危ないといわねばなるまい」
「お年寄とゆるして程よく答えておれば口幅ったい広言。しからばいま君前において、いずれの志力腕力が秀でておるか勝負に及ばん。黄忠どの、起てっ」
「おう、否みはいたさぬ」
 と、黄忠も階をおり、魏延も堂をおりて、すんでに、若虎老龍が戈をとって闘おうとする様子に、玄徳は驚いて堂上から一喝に制した。
「ふたりとも控えぬか。ここに私闘を演じてわが軍に何の利があるぞ。敵を前に両名とも大人げない争い。断じて汝らには、わが先鋒の大役は命ぜられぬ」
 叱られて、黄忠も魏延も、共に地へひざまずき、面目なげに、うつ向いてしまった。
 ――と、龐統が、玄徳の気色をとりなして、かくまでに熱望するものを他人に命ぜられては、せっかくの英気をいたく挫きましょう。かくなされては如何と、一策を出して、玄徳の許容を求めた。
 もとより玄徳も本心から怒ったのではない。むしろ幕下の大将がかくまで旺盛な戦意を抱いていることは彼としてよろこばしいほどであったから、
龐統にまかせる。よいように裁け」といいつけた。
 で、龐統が二人へいうには、
「いま蜀の冷苞、鄧賢の二将は、雒山山脈を負うて左右二翼にわかれて陣取る。御身らも二手にわかれて各〻その一方に当れ。いずれでも早く敵陣を粉砕して味方の旗を掲げたものを第一の功名とするであろう」
 黄忠、魏延は勇躍して進軍した。龐統はまた玄徳にいった。
「あのふたりは必ず途中で味方喧嘩をしますよ。君にも即刻、兵をつれて彼らの後陣におつづき下さい」
涪城の守りは」
龐統が承ります」
「さらば」と、玄徳もまた用意して、関羽の養子関平と、劉封の二将をつれ、その日ただちに雒県へ急いだ。

 黄忠勢、魏延の勢、ほとんど一軍のように、やがて敵前に、先鋒の備えを立てた。
 魏延は、物見の兵に訊ねた。
「どうだ。黄忠の軍勢も、もう布陣を終ったか」
「整然と終っています。夕刻を過ぎてから、ふたたび兵糧を炊ぐ煙があがっていましたから、察するに、深更、陣を払い、左の山路をとって夜明けに敵へ攻めかかろうとしているのではないかと思われます」
「そいつは、油断がならぬ。ぐずぐずしていると、黄忠にだし抜かれよう」
 魏延の眼中には早、敵はない。ただ味方の黄忠に先んじられて、味方の者に面目を欠くことのみいたくおそれた。
 いや、黄忠を押しのけて、独り功名を誇ろうとする気ばかり募った。
「わが隊は、二更に兵糧をつかい、三更にここを立つぞ」
 魏延の命令は、士卒たちの予想をこえて、ひどく急だったから、一同は大いにあわてた。
 元来、涪城を発するとき、二将は玄徳の前で、あらかじめ作戦の方針を聞き、
黄忠は敵の冷苞に当り、魏延は鄧賢の陣を突破する)
 と約束してきたのであるが、ここに来てから魏延の思うらく、
(それだけでは、さまでの功ともいえない。自分一手で、冷苞の陣も破り、続いて、鄧賢の軍も粉砕して、老黄忠の鼻をあかしてくれねばならん)――と。
 そこで彼は、にわかに、陣払いの時刻を早め、道もかえて、黄忠の進むべき左の山へ進路をとった。
 夜どおし山を踏み越えてゆくと未明に敵陣が見えた。
「見ろ。敵は霧の底にまだ眠っている。一気に蹴やぶれ」
 どっと、山を離れて、敵営へ迫った。
「来たか、魏延」
 思いがけなくも、敵は八文字に営門をひらいて、堂々、彼の軍を迎え一斉に弓鉄砲を撃ちだした。
 冷苞はその中から馬をすすめて魏延に決戦を挑む。望むところと魏延は大いに戦ったが、そのうちに後方から崩れだした。
「はて?」と、気をくばってみると、不覚不覚、山路のほうから敵の伏兵が現れたらしい。いつのまにか魏延の隊は腹背ともに攻め鼓につつまれていた。
「南無三」
 魏延は冷苞を捨てて野の方、五、六里も逃げ退いた。
 ところが、野末の森や山ぎわからむらむらと起ってきた一軍が、
「魏延魏延。どこへ行く気か」
「快く降参してしまえ」
 と、口々に呼ばわりながら鼓を鳴らし喊声を震わせておおいつつんで来た。
「やや。鄧賢の兵か」
 魏延は、狼狽して、また逃げ道をかえた。
「卑怯ッ」
 誰か、追ってくる。
 振り向いてみると、これなん蜀の猛将鄧賢だった。
「待て、魏延ッ」
 鄧賢は、大槍を頭上に持って、悍馬の背にのびあがった。
 あわや、槍は飛んで、魏延の背を串刺しにするかと思われた。
 そのとき一本の白羽箭が風を切ってどこからか飛んできた。あッと、虚空へ絶叫をあげたのは鄧賢だった。白い矢は彼の喉ぶえ深く喰いついていたのである。長槍を持ったままその体は勢いよく地上へ転げている。
 鄧賢の戦友冷苞は、それと見るや鄧賢に代って、さらに、魏延を追いまわした。魏延の周囲にはもう味方の一兵も見えなかった。
 するとたちまち、堂々の金鼓、颯々の旗、一彪の軍馬は、野を横ぎって、冷苞勢の横を打ってきた。
黄忠ここにあり、怯むなかれ魏延」
 真先にあるは老将黄忠であった。弓を持っている。矢を放って、先に彼の危急を救ったのも、彼だった。
 この奇襲に、冷苞の勝色は、たちまち変じて、敗色を呈し、算をみだして、劉※の陣地へ退却して行ったが、おどろくべし、そこの営内にはすでに見馴れない他人の旗が翩翻とたなびいていた。

 先に廻って、ここを占領していたのは、玄徳の命をうけた関平の一軍だった。
「や、や。いつのまに」
 冷苞は帰るに陣もなく、狼狽の極、馬をめぐらして山間へ逃げこんだ。
「かかったぞ。網の中に」
 たちまち、熊手や投げ縄が、八方の叢林から飛び出して、彼を馬の背から搦め落した。
「大物を捕ったぞ」
 ここに彼を待って奇功を獲たのは、魏延であった。魏延の得意なことはいうまでもない。
 実は、彼としては、軍法を犯してまで黄忠を抜駈けしたものの、序戦には大敗を喫し、多くの兵を損じたので、(何か一手柄たてねば味方の者にあわせる顔もないが)と、独り焦躁していたところに敵の一大将を捕虜にしたのであるから、その満足感はなおさら大きかった。
 蜀兵の捕虜は、このほかにもおびただしく玄徳の後陣へ送られてきた。とまれ第一戦はまず味方の大勝に帰したわけであるから、玄徳は将士に恩賞を頒ち、降兵はことごとくゆるして、それぞれの部隊に配属させた。
 ときに、老黄忠は、玄徳の前に出てこう訴えた。
「抜駆けは軍法の大禁。魏延はまさに公然それを犯したものです。ご処分を下し給わねば軍紀の紊れとなりましょう」
「魏延を呼べ」
 玄徳の使いに、魏延は直ちに、虜将冷苞を自身でひいて来た。
 それを見ると玄徳は、この若い勇将を軍法に処す気になれなかった。その愛を内に秘めて彼はこう魏延を叱った。
「聞けばそちは、すでに危ういところを、黄忠の矢に救われたというではないか。予のまえで黄忠に恩を謝せ」
 魏延は、黄忠に向って、
「貴公の一矢がなければ、鄧賢のために討たれていたかも知れない。つつしんで高恩を謝します」と、ひざまずいて頓首した。
 玄徳はそれを見ながら、もう一言詫びよといった。魏延は抜駈けのことだと察したので、
「それがし、若輩のため、気のみはやって、時刻や進路をあやまり、自ら危地へ陥ったこと、面目もありません。しかしこれもみな一途君恩に応えんためのみ、どうかご寛容ねがいたい」
 黄忠はもう何もいえなくなった。玄徳は老黄忠の年にめげなき働きを賞して、
「目ざす成都に入城したあかつきには必ず重く賞すであろう」と、約した。
 玄徳はまた捕虜の大将冷苞を説いて、
「君に鞍馬を与えよう。雒城へ帰って、君の友を説き、城をひらいて無血に予へ渡されい。しかる後には、かならず重く用い、卿らの一門にも、以前にまさる繁栄を約束するが」
 縄を解かれた上、ねんごろに陣外へ放されたので、冷苞は大よろこびで雒城へ飛んで行った。――魏延は見送って、
「あいつ、きっと、帰ってきませんぞ」
 と、いまいましげに呟いたが、玄徳は、
「帰らなければ、彼が信義を失うので、予の仁愛の主義に傷はつかない」
 と、いった。
 果たせるかな、冷苞は帰らない。雒城へ入ると、味方の劉※や張任に会って、
「いちどは敵に生け捕られたが、番の兵を斬り殺して逃げてきた」
 と偽り、序戦は敗れたかたちだが、玄徳の如き、何ものでもない。などと敗将の気焔はかえって旺盛なものだった。
「何よりは、もっと兵力を」
 と、この三将から成都へ頻々と援軍が求められた。
 ほどなく、劉璋の嫡子劉循、その祖父呉懿、二万余騎をひきいて、雒城へ援けにきた。この軍のうちには、蜀軍の常勝王といわれた呉蘭将軍、雷同将軍なども加わっていた。
 だが総帥は、その年齢からいっても、太守劉璋の舅たる格からいっても当然、呉懿その人であった。
「いま、涪江の水嵩は高い。敵の陣地を一水に洗い流してしまえ」
 呉懿はここへ着くとこういう命令を出した。そこで五千の鋤鍬部隊は、夜陰を待って、涪江の堤防を決潰すべく、待機を命じられた。

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