火水木金土

 渭水は大河だが、水は浅く、流れは無数にわかれ、河原が多く、瀬は早い。
 所によって、深い淵もあるが、浅瀬は馬でも渡れるし、徒渉もできる。
 ここを挟んで、曹操は、北の平野に、野陣を布いて、西涼軍と対していたが、夜襲朝討ちの不安は絶え間がない。
曹仁、早くせい」
 曹操は常に急き立てていた。
 半永久的な寨の構築をである。曹仁は、築造奉行となって、渭水の淵に船橋を架け、二万人の人夫に材木を運搬させ、沿岸三ヵ所に仮城を建つべく、日夜、急いでいた。
 西涼馬超は、知っていたが、
「まあ、造らせておけ」
 そして工事が八、九分ぐらいまでできたかと見えたところで、
「それ、焼討ちにかかれ」と、河の南北からわたって、焔硝、枯れ柴、油弾などを仮城へ投げかけ、河には油を流して火をかけた。
 船筏も浮橋も、見事に炎上してしまった。何で製したものか、梨子か桃の実ぐらいな鞠をぽんぽんほうる。踏みつぶしても消えない。ばっと割れると油煙が立ち、大火傷をする。そしてなお燃えさかる。
 こういう厄介な武器を持つ西涼軍に対して、さすがの曹操も、ほとんど頭を悩ましてしまった。
 智者荀攸がいう。
渭水の堤を利用し、土塁を高く築いて、蜿蜒、数里のあいだを、壕と土壁との地下城としてしまうに限りましょう」
「地下城。なるほど。土の地下城では、焼討ちも計れまい」
 さらに、人夫三万を加え、孜々として、地を掘らせた。
 坑から上げた土は、厚い土壁とし、数条の堤となし、壇となし、ここに蟻地獄のような土工業が約一ヵ月も続いた。
 さながら埃及のピラミッドを見るような土城が竣工しつつある。西涼軍のほうからも眺められていたにちがいない。しかし、手を下しかねているものか、しばらく夜襲も焼討ちもなかった。
 すると、渭水の水が一日増しに涸れて来た。かなり雨が降り続いても水が増えない。変だと思っていると、一夜、豪雨が降りそそいだ。その翌朝である。
「津浪だっ」
「洪水だっ」
 物見が絶叫した。
 人馬を高い所へ移すいとまもなく、遥か上流のほうから、真っ黒な水煙をあげて、奔々の激浪が押してきた。
 遠い上流のほうで、もう半月も前から、西涼軍が、堰を作って、河水を溜めていたものである。
 なんで堪ろう。小まじりの河原土なので、土城は一朝にして崩れてしまった。壕も坑も埋まって跡形もない。
 九月に入った。
 北国のならいで、もう雪が降りだしてくる。灰色の密雲がふかく天をおおって、ここ幾日も雪ばかりなので、両軍とも、兵馬をひそめたまま睨み合っていた。
西涼胡夷どもは、寒さに強いし、また潼関へも引き籠れるが、味方はこの野陣のままでは、冬中吹雪にさらされておらねばならぬ。何とか、よい工夫はないか」
 曹操とその幕将が、その日もしきりに討議しているところへ、飄然、名を告げて、この陣営へ訪れて来たものがある。
「これは、終南山の隠居、道号を夢梅という翁でござる」
 容も凡ではない。
 曹操が、見て、
「何しに来たか」
 と、問うと、夢梅は、
「この夏頃から、丞相には、渭水の北に城寨を築こうとなされているらしいが、なぜ火水に潰えぬ城をお造りにならぬかと、愚案を申しあげに来ましたのじゃ」と、いう。
 なお、夢梅道人がいうには、
「これから必ず北風が吹きましょう。小まじりの河原土でも、急に、それを構築し、築地した後へすぐ水をかけておけば、一夜にして凍りつき、いちど凍った堅さは、これから春までは解けません。要するに、氷の城ですから、火に焼かれるおそれもなく、河水に流される心配もありますまい」
 告げ終ると、老翁はすぐ、飄乎として、どこかへ立ち去った。

 一日、北風が吹き出した。曹操は、夢梅居士の教えを行う日と、昼から三、四万の人夫を動員しておいた。
 日が暮るるとすぐ、
「夜明けまでに、もう一度、土城を築け」と、命じた。
 この夜は、将士もすべて、総がかりに、それへかかった。
 基礎のあった上であるから、夜明け近くにはほぼ構築された。
「水を注げ。全城へ水をかけろ」
 数万の縑の嚢や革の嚢が用意されてあった。河水を汲んでは手渡しから手渡しに運び、土門、土楼、土壁、土塁、土孔、土房、土窓、築くに従って水をかけ、また水をかけた。
 西涼の軍勢は、夜明けの光に、対岸をながめ、驚き合っていた。
「やあ、城ができている」
「いつの間に」
「たった一夜のうちだ」
「見ろ。あれは、この前の土城ではない。氷の城郭だ。氷城だ」
 馬超韓遂なども出て、大いに怪しみながら、小手をかざしていたが、
「また何か、曹操の小策に違いあるまい。馳け破って、城郭の正体を見届けてくれん」
 と、にわかに、鼓を打ち、大兵を集結して、河をわたった。
「来たか、北夷の子」
 曹操は馬を進めて、待っていた。
 馬超は、例によって、
「おのれっ」と、牙を咬み、一躍して、曹操を突き殺そうとしたが、その側に、朱面虎髯、光は百錬の鏡にも似た眼を、じっとこちらへ向けている武将が身構えていて油断もない。
(これだな、虎痴の綽名のある例の男は?)
 直感したので、馬超は、いつになく自重して、わざと試しにいってみた。
西涼の大将たるものは、いえば必ず行い、行えば必ず徹底して実を示す。聞き及ぶ、曹操は、口頭の雄で、逃げ上手だというが、汝そこを動かず、必ず馬超と一戦するの勇気があるか」
 すると、曹操は、
「知らないか、田舎漢、予の側には常に、虎痴許褚という猛将がおることを。――なんで天下の鼠をはばかろうや」
 云いもあえず、曹操のかたわらから馬を乗り出したその虎痴が、
「すなわち、譙郡許褚とはおれのこと。汝、そこを動かず、一戦するの勇気があるのか」
 と、いった。
 その声は人臭いが、猛気が百獣の王に似ている。
 いつぞや韓遂にいわれたことばを思い出して、馬超も、心に怕れを生じたか、
「また、会おう」と云い捨てたまま馬をかえし、軍を退いてしまった。
 これを見ていた両軍の兵は、駭然として、
馬超すら恐れる許褚というものはいったいどれほど強いのか)
 と、身の毛をよだてぬ者はなかったという。
 曹操は、氷城の陣営にかくれると諸将をあつめて、
「どうだ、きょうの虎侯、皆見たか。真にわが股肱というべしである」と、賞め称えた。
 許褚は、大面目をほどこしたので、
「明日はかならず、馬超を生捕ってご覧に入れん」と、高言した。
 すなわち、その日彼は、敵へ宛てて決戦状を送り、
「明日、出馬しなかったら、天下に嗤ってやるぞ」
 と、云い送った。
 馬超は怒って、
「確かに、出会わん」
 と返書して、夜が白むや、龐徳馬岱韓遂など、陣容物々しく、押し寄せてきた。
「待っていた」とばかり、許褚は馬を躍らせて、馬超へ呼びかけた。おうっと、一言、馬超もきょうは敢然と出て戦った。
 戦うこと百余合、双方とも、馬を疲らせてしまったので、各〻陣中に引き分れ、ふたたび馬をかえて人まぜもせず戦い直した。

 勝負は果てない。
 火華をちらし、槍を砕き、また戟をかえて、鏘々、戛々、斬り結ぶこと実に百余合
「ああ……」
 と、両軍の陣は、ただ手に汗を握り、うつろにひそまり返って見ているだけだった。
(――虎痴許褚を相手に、あれほど戦い得る馬超馬超なり、また西涼馬超を敵にまわして、これ程に戦う者も、許褚をおいてはあるまい。実に、虎痴も虎痴なり)
 と、ことばに出す余裕もないが、誰とて、感嘆しないものはなかった。
 そのうちに、許褚は、
「ああ暑い。この大汗では眼をあいて戦えぬ。馬超、待っておれ」
 斬り合っているうち、ふいに、こう吐き捨てると、またまた、ぷいと味方の陣中へ引っ込んでしまった。
(どうしたのか?)
 怪しんでいると、許褚は、甲盔も戦袍も脱ぎ捨てて、赤裸になるやいな、
「さあ、来い」
 ふたたび大刀をひっさげて現れてきた。
 その間に、馬超も、汗を押しぬぐい、新しい槍を持ちかえて、一息入れていた様子。――たちまち、砂塵を捲いて、霹靂に似た喚きに狂う龍虎両雄の、三度目の一騎討ちが始まった。
 威震八荒の許褚
「おうっッ」
 と、吠えて、馬上、相手へ迫ると、馬超もまた、壮年悍勇、さながら火焔を噴くような烈槍を、りゅうりゅう眼にもとまらぬ早業で突き捲くってくる。
 一刀、かつんと、槍の柄に鳴った。――馬超、さッと引く。許褚ふたたび振りかぶる。
「やおうッ」
 身をかわしざま、馬超は、敵の心板を狙って、猛烈に突いた。
「くそっ」と牙を咬んで、許褚はそれを横に払い、刀を地に投げるや否、退く槍の柄をつかんで、ぐいと、小脇に挟んでしまった。
 奪られじ。
 奪らん。
 ふたりの阿呍は、雷と雷が黒雲を捲いて吠え合っているようだった。――奪られたほうがすぐその槍で突かれるのだ。渡せない。離せない。
 ばきッと、槍が折れた。だだだだっと、双方の駒がうしろへよろめく。いなないて竿立ちになる。すでにまた、ふたりは槍の半分ずつを持って猛烈な激闘を交えていた。
「退鉦、退鉦打て」
 曹操はさけんでいた。大事な虎痴に万一があっては、全軍の士気にも関わると見たからである。
 が、この微妙な戦機に、龐徳馬岱の勢は、いちどに、曹軍の陣角へ、わっと強襲してかかった。
 その手の敵、夏侯淵、曹洪など、面もふらず戦ったが、全体的には西涼軍の士気強く、ひた押しに圧され、乱軍中、許褚も肘へ二本の矢をうけた程だった。
「守って出るな」
 曹操は、氷城をとざした。氷の城郭も、こうなるとものをいう。この日馬超も、軍を収めてから、
「自分も幼少からずいぶん手ごわい人間にも遭ったが、まだ許褚の如きものは見ない。真に彼は虎痴だ」と、舌を巻いていた。
 その後、曹操のほうにも、何ら、良計はなく、徐晃朱霊のふたりに四千騎をさずけて、渭水の西に伏せ、自身、河をわたって、正面を衝こうとしたが、事前に、馬超のほうから軽兵数百騎をひきい、氷城の前に迫り、人もなげに、諸所を蹂躙して去った。
 土楼の窓から、それを眺めていた曹操は、かぶっていた盔をほうって、
「実に馬超という敵は尋常な敵ではない。彼の生きてあらん限りはこの曹操の生は安んじられない」といった。
 それを聞いていた夏侯淵は、
「これほどお味方に人もあるものを、ただ一人の馬超のため、それまで御心を傷ましむるとは、何たることか。われ誓って、馬超と共に刺しちがえん」
 と、その夜、曹操が止めるもきかず、部下千騎をひきいて討って出た。

 案のじょう、それから程なく夏侯淵の手勢、苦戦に陥つ、と報らせが来た。
 捨ててもおけず、曹操はすぐ自身救援におもむいたが、敵勢は、
曹操が出てきたぞ」と伝えあうや、かえって、意気を旺にした。
 のみならず、馬超は、曹操の中軍を割って、
「天下の賊。逃げるな」と、彼を追い馳け追い廻した。
 所詮、力ずくではかなわぬと思ったか、曹操はまた氷の城塞へ逃げこんでしまった。しかし、その間に、苦戦をしのんで、一方の兵力を割き、渭水の西から、大兵を渡していた。
「出よ、曹操。――汝は蓑虫の性か、穴熊の生れ変りか」
 馬超は氷城の下まで迫って、罵っていた。
 ところへ、後陣の韓遂から伝令があって、
「後方に異状が見える」
 と、いう急報。
 暁早く、馬超は総勢を収めて、陣地へ帰った。その日、情報によると、
「昨夜、渭水の西をわたった大軍は早くもお味方の背後へまわって、陣地の構築を始めています」
 掌から水が漏れたように、韓遂は、
「うしろへ廻ったか。……遂にうしろへ?」
 駭然とさけんだ。
 そこで韓遂は、万事は休すと思ったか、方針一転を馬超に献言した。如かず、これまで斬り取った地を一時曹操に返し、和睦をして、この冬を休戦し、春とともにべつな計をお立てなさい、というのである。戦機を観ること、さすが慧眼だった。
 楊秋、侯選などの幕将も、
「もっともなお説」
 と、みな馬超を諫めた。
 数日の後、楊秋は一書をたずさえて、曹操の陣へ使いした。和睦の申入れである。
 曹操は内心、渡りに舟と思ったが、まず使者を返して後、謀将の賈詡にこれを計った。
 賈詡はいう。
「明らかに偽降です。が、突き放す策もよくありません。和睦をゆるし、こちらはこちらで、手を打てばよい」
「手を打つとは」
馬超の強さは、韓遂の戦略があればこそです。韓遂の作戦は、馬超の勇があってこそ、生きてきます。ふたりを相疑わせて疎隔してしまえば、西涼勢とて、枯れ葉を掃くようなものじゃありませんか」
 次の日。
 馬超の手もとへ、曹操から返簡が来た。色よい返事である。しかし、馬超はなお数日疑っていた。
「曹軍は、この二、三日、後方の支流に浮橋を架けて、都へ引き揚げる通路を作っているが、いかにもわざとらしい。曹操の部下徐晃朱霊の軍は、なお渭水の西にあってうごかないじゃないか」
「奇、正。こう二態は、軍隊の性格で怪しむに足りません。しかし要心は必要でしょう」
 と、韓遂も油断せず、一陣は西に備え、一陣は曹操の正面に向け、厳として気をゆるめなかった。
 敵方の警戒ぶりを聞くと、曹操は、賈詡をかえりみて笑った。
「まず、成就だな」
 やがて約束の日、曹操は盛装をこらして、おびただしい諸大将や武者をひきつれ、自身条約のため、場所へ出向いた。
 まだこのような豪壮絢爛な軍隊を見たこともなく、曹操の顔も知らない西涼の兵隊は、途々に堵列して、
「あれは何だろ?」
「あれが曹操か」
 などと、物珍しげに、指さし合う。
 曹操は、駿馬にまたがり、錦袍金冠のまばゆき姿を、すこし左右にうごかして、
「やよ、西涼の兵ども、予を見て、珍しと思うか。見よ、予にも、眼は四つはなく、口は二つないぞ。ただ異なるのは智謀の深さだけだ」と、戯れをいった。
 戯れにはちがいないが、西涼の軍勢は、その笑い顔に震い怖れて、みな口を結んでしまった。

前の章 望蜀の巻 第21章 次の章
Last updated 1 day ago