馬超と張飛
一
彗星のごとく現われて彗星のようにかき失せた馬超は、そも、どこへ落ちて行ったろうか。
ともあれ、隴西の州郡は、ほっとしてもとの治安をとりもどした。
夏侯淵は、その治安の任を、姜叙に託すとともに、
「君はこのたびの乱に当ってよく中央の威権を保った勲功第一の人だ」
と、楊阜を敬って、車に乗せ、強いて都へ上洛させた。そのとき楊阜は、身に数ヵ所の戦傷を負っていたので。
やがて、車が許都へつくと、曹操はその忠義をたたえ、
「以後、関内侯に封ぜん」と、いった。
楊阜は、かたく辞して、
「冀城に主を失い、歴城に一族を鬼と化し、なお馬超は生きている今、何の面目あって、身ひとつに栄爵を飾れましょう。恥かしい極みであります」
と、恩爵をうけなかったが、かさねて曹操から、
「ご辺の進退、その謙譲。西土の人々、みな美談となす。もしその忠節を顕わさなければ、曹操は暗愚なりといわれよう。栄爵はひとりご辺を耀かすものではなく、万人の忠義善行の心を振い磨く励みとなすものであることをよく察せよ」
と、いうことばに、楊阜もついに否みがたく、恩を拝して、一躍、関内侯の大身になった。
× × ×
さて、馬超とその部下、馬岱、龐徳などの六、七名は、流れ流れて漢中にたどりつき、この国の五斗米教の宗門大将軍張魯のところへ、身をよせた。
張魯に年頃のむすめがある。張魯の思うには、
「馬超は世にならびなき英傑といってよい。年も若いし、彼女を馬超にめあわせて、張家の婿とするときは、漢中の基業はまさに確固なものとなろう。そして、将来の対蜀政策にも強味を加えることはいうをまたない」
これを、一族の大将楊柏に相談すると、楊柏は、
「さあ、どうでしょうか?」と、すこぶる難色ある顔つきだ。
「いけないかね」
「考えものでしょうな」
「どうして」
「勇はあっても、才略のない人ですからな。それに馬超その人の性行をみるに、父母妻子をかえりみず、ただ世に功名をあせっているんじゃないでしょうか。自分の父母妻子にすらそのような人間が、どうして、他人を愛しましょう」
これで縁談は止んでしまった。
ところが、それを馬超が小耳にはさんで、楊柏に恨みをふくんだ。要らざることをいって水をさすやつだ――というわけである。楊柏は彼に殺されるかもしれないと思って恐れだした。で、兄の楊松を訪ねて、
「助けて下さい。何とか考えて下さい」と、泣訴した。
ところへ蜀の太守劉璋の密使として、黄権がこの国へ来た。ちょうどその日楊松は黄権と密談する約束だったので、弟を邸に待たせておいて、彼の客館を訪問した。
黄権がいうには、
「先頃から正式に使いをもって、たびたび張魯将軍へ援けをおねがいしてあるが、容易に蜀を援けんとはおっしゃらない。今もし玄徳のために蜀が敗れたら、必然、そのあとは漢中の危機となることは、両国唇歯の関係にある地勢歴史の上から見てもあきらかなことですのに」
そしてさらに黄権は、もし漢中の兵をもって、玄徳を退治してくれるなら、蜀の二十州を頒けて、漢中の領土へ附属せしめる用意がこちらにはあると、外交的な熱意と弁を尽した。
「よろしい。もういちど、張魯将軍の御前で評議してみましょう」
楊松は、尽力を約して、張魯の法城へのぼった。そしてこの懸案を再度議していると、折から見えた馬超が、
「それがしに一軍をお貸しあれば、葭萌関を破って、一路蜀に入り、玄徳を伐って、今日の厚恩におむくいして見せん」と、断言した。
馬超が征けば、成功疑いなしと思った。張魯はここに意を決して、一軍を彼にさずけ、楊柏を軍奉行として、ついに援蜀政策を実行に移した。
二
日は没しても戦雲赤く、日は出でても戦塵に晦かった。
玄徳軍と、蜀軍と。
いまや成都は指呼のあいだにある。綿竹関の一線を境として。
ここが陥れば、蜀中はすでに玄徳の掌にあるもの。ここに敗れんか、玄徳の軍は枯葉と散って、空しく征地の鬼と化さねばならぬ。
「や。あれは?」
玄徳は今、その本陣にあって、耳を聾せんばかりな鉦鼓を聞いた。しかし彼の眉は晴々とひらいた。そこへ麓から使者が馳せてきて大声に披露した。
「綿竹関第一の勇将李厳を、お味方の魏延が縛め捕りました」
「おお、その凱歌か」
玄徳は、伸び上がって待ち受けていた。
魏延が、捕虜の李厳をひいて来た。玄徳は魏延の功を称するとともに、李厳の縄を解いて敬った。
「平時ならば、人の亀鑑ともいわれる士大夫を、いかに勝敗の中とはいえ、辱めるにしのびない」
李厳は、恩に感じて、随身の誓いを入れ、同時に暇を乞うて、綿竹関へひとたびかえった。
綿竹関の大将費観と彼とは、莫逆の友である。すなわち李厳は、この友に、玄徳の高徳を説いた。
「君がそれほど賞めるくらいなら、玄徳はまさしく真の仁君かもしれない。もとよりお互いに生死を共に誓った仲だ。君のすすめにまかせて城をあけ渡そう」
費観は伴われて、城を出た。かくて綿竹関も、ついに玄徳の入城をゆるした。
この前後のことである。地理的にみて、ほとんど、遠い異境の英雄とのみ思われていた西涼の馬超という名が、忽然とこの蜀にまで聞えてきたのは。
しかも、頻々、早馬の急報によれば、その馬超が、漢中の兵馬を率いて、葭萌関へ殺到しつつあるという。
「さては、成都の劉璋が、窮する余りに、国を割いて漢中に附与し、張魯へ膝を屈した結果とみえる」
玄徳は孔明に対策をたずねた。孔明は意を体して、張飛をよびよせ、「時に、相談があるが」といった。
「何事ですか」
「関羽のことだが」
「関羽がどうかしましたか。荊州の留守中に」
「いや、どうもせぬが、関羽をよばねばならないことが起った。ご辺と、留守を交代してもらおうかと思って」
「それがしを留守に廻して関羽を召し呼ばれるとはどういうわけでござるか」
もう張飛は顔色に出している。不平なのだ。理由によってはと、開き直りそうな構えである。
孔明は、あっさり話した。葭萌関へ新たにかかって来た敵は馬超という西涼第一の豪雄である。
関羽ならでは、よくその馬超に敵し得まい。故に、ご辺と代ってもらおうかと考慮中であるが――という。
「こは、亮軍師には、怪しからんことをいわれる。何故、この張飛を軽んじ給うか。馬超匹夫、何ほどのことかあらん。むかし長坂橋に百万の曹軍をこの両眼で睨み返した者は誰であるかご存じないか」と、眦を昂げた。
孔明は、なお微笑して、
「しかし馬超の勇は、おそらくその長坂橋の豪傑以上と自分には思われるが」と、首をかしげた。
張飛は、指を噛んで、
「もし、この張飛が、馬超にやぶれたら、いかなる軍罰にも処したまえ」
と、誓約書をかいて、血をそそぎ、哭いて、孔明と玄徳の前にさしだした。
「それまでに云うならば」と、すなわち張飛に参加をゆるしたが、孔明は、入念にも、その先鋒には魏延を附し、後陣には、玄徳を仰いだ。この編制を見ても、いかに彼が葭萌関の防ぎを重視したかがわかる。
三
葭萌関は四川と陝西の省境にあたる嶮要で、もしこれへ玄徳の援軍が入ったら、いよいよ破ることは難しいと察していたので、漢中軍をひきいた馬超は、
「玄徳の新手が着かないうちに」と、連日、猛攻撃をつづけていたのだった。
しかし、すでにその先手も中軍も、関内へ到着して、この日、城頭には、新たな旌旗が目ざましく加わっていた。
「急変にあわてて、長途を駆けつけて来た玄徳以下、何の怖るることがあろう」
馬超の勢は、猛攻の手をゆるめず、いよいよ急激に関門へ迫っていた。
すると、関上から一彪の兵が、一人の大将を先にして、漢中軍の先鋒へ、決戦を挑んできた。
「知らぬか、玄徳の麾下に魏延がおることを」
魏延と聞いて、漢中の楊柏は、
「よき敵」と、駆け寄って、十合あまり戦ったが、もろくも薙立てられて部下もろとも逃げだした。
「卑怯、卑怯っ」
勝ちに乗って、追いかけると、魏延はつい止まるのを忘れて、敵の中へ深く入ってしまった。
すでにそこは西涼の馬岱がひかえている陣地だった。馬岱の姿を見かけると、魏延は、
「これこそ馬超だろう」と思いこんで、閃々、刀を舞わして、喚きかかった。
馬岱は、紅槍をひねって、それを迎え、戦うことしばし、敵の力量を察して、
「強敵。油断ならじ」と思ったものか、とっさ、馬をめぐらして、楯の蔭へ逃げこもうとした。
「待てッ」
魏延の声に振り向きながら、
「これかっ」
と、答えて、馬岱は、紅の槍をさっと投げた。
魏延が身を沈めた。
そのまに、馬岱は、腰の半弓をはずして、丁とつがえ、一矢送った。
矢は、魏延の右の臂にあたった。魏延はあやうく鞍輪をつかんで落馬をまぬかれたが、鮮血はあぶみを染めて朱にした。
これを機に、魏延は、駒をかえして、葭萌関の内へ駆けこんでしまった。馬岱は、ひとたび崩れだした味方を立て直して、また、関門の下へ潮の如く襲せ返した。
すると関上から、改めて、さらに一人の猛将が駆け下りてきた。――自ら大声に名乗るを聞けば、
「桃園に義をむすんだる燕人の張飛!」
という。
聞くや、馬岱は、
「長年、出会いたいと思っていた張飛とは汝か。願うてもない好敵。いざ」
と、大剣を鳴らして迫った。
すると張飛は、
「貴様は馬超か」と、訊いた。
「いや。俺は馬超の一族、馬岱というものだ」
「なに、馬岱。そんな者では相手にならん。馬超を出せ」
「だまれ。おれの手並を見てからものをいえ」
馬岱はもう斬りかけていた。
しかし、一丈八尺の大矛は、すぐ馬岱の剣をたたき落してしまった。馬岱が恐れて逃げかけると、
「こらっ馬岱。その首を置いてゆけ」
と張飛は、ほとんどからかい半分に呶鳴りながら追おうとした。
すると、関門の上から、張飛を呼びとめる人がある。戻ってみると、主君玄徳だった。玄徳はいう。
「あまりに敵を軽んじてはいけない。きょうはここへ着いたばかり。兵馬も疲れておる。関門を閉じて、兵にも馬にも休息を与えよ」
それから玄徳は矢倉へのぼって、敵陣を瞰望していた。すると、麓の近くに、静かなこと林のような一群の旌旗が見える。やがて、その陣前に馬をおどらせて、悠々、戦気を養っているひとりの大将をながめるに、獅子の盔に白銀の甲を着、長鎗を横たえて、威風ことにあたりを払ってみえる。
「ああ。馬超馬超。いま世上の人々が、馬超の英姿をたたえて、西涼の錦馬超というとか。――あれにみゆるは、まさにその者にちがいない。好い武者振りかな」
玄徳が賞めちぎっているのを聞くと、張飛は牙を咬んで、身をうずかせていた。
四
馬超は、関門の下へ来て、
「張飛はどこへ隠れたか。わが姿を見て逃げ怖じたか。蜂の巣の蜂よ。門をひらいて出てこぬか」
と呼ばわっていた。
張飛は、矢倉の上から、
「おのれ、その口を」と、全身を瘤にし、腕を扼して、覗いていたが、傍らにある玄徳が、
「きょうは出るな」と、どうしても許さなかった。
翌日も馬超の軍は、これへ来て前日のように、城門へ唾をした。
「いまは行け」
と、ついに玄徳のゆるしを得、そこを八文字に開くやいな、丈八の矛を横たえて繰りだし、
「われこそ、燕人張飛なり。見知ったるか」と、立ちはだかった。
馬超は、哄笑した。
「わが家は、世々、公侯の家柄だ。なんで汝のような田舎出の匹夫など知るものか」
ここに両雄の凄まじい決戦が行われだした。その烈しさは、見る者の胆をちぢめさせた。まさに猛鷲と猛鷲とが、相搏って、肉を咬みあい、雲に叫び合うようだった。
百合余り戦っては、馬を換えてまた出会い、五、六十合火をふらしては、水を求めてまた戦闘した。
このあいだ両軍の陣は遠くに退いて、ただ鉦を鳴らし鼓を打ち、自己の代表者を励ますべく、折々わあっ、わあっ、と声海嘯を揺るがしているだけなのである。
時間にすると、中天の陽が西の空へ傾くまで、さらに勝負もつかず、馬超も張飛も、いよいよ精気と神力をふるっていた。
そろそろ陽が昏くなりかけた。両軍のあいだに、使者の交換が行われ、
「篝を焚くあいだ、しばし軍を収めて、敵味方の二将軍にも、休息をねがい、さらに、精気をあらためて決戦しては如何」と、なった。
そこで、双方同時に、退き鉦をならす――馬超も張飛も、満面から湯気をたてて自陣へさがった。
時をおいて、ふたたび張飛が、関門を出ようとすると、玄徳が、
「夜に入った、戦は明日にいたせ」と関中に止めて放さなかった。
万一、張飛が負けて、馬超に討たれでもしてはと、きょうの合戦を見てから、にわかに、心配になったからである。
ところが寄手は、夜に入っても退かず、明々の松明をつらね、篝火を焚き、
「張飛、もう出てくる精はないのか」と、あざ笑った。
「何をっ」
ついに、玄徳の命に反いて、無断、関門をひらき、馬超へ向っておどりかかった。
馬超は、もろくも逃げだした。もとより詐術である。それとは張飛もさとっていたが、彼の性格として、
「きたないぞ、馬超。最前の広言はどこへ置き忘れた」
と、追いかけ、追いかけ、つい深入りしてしまった。
急に、駒をとめたと思うと、馬超は振り向いて、矢を放った。張飛は身をかがめたまま、馬の鼻を突進させてゆく。
弓を捨てると、馬超は、銅づくりの八角棒を持って、張飛を待った。張飛の蛇矛は、彼の猿臂を加えて、二丈あまりも前へ伸びた。
「待て。張飛」
うしろの声だった。
玄徳が追ってきたのである。玄徳は、馬超へ向って云った。
「自分は天下へ向って、仁義を旗じるしとし、きょうまで、まだ一度もあざむいたことはない。――自分を信じて、きょうは退き給え、それがしも退くであろう」
終日の戦に、さすが疲れていた馬超は、それを聞くと、
「さらば」
と、玄徳に一礼を投げ、きれいに陣を退き去った。
その夜、軍師孔明が、ここに着いた。
「戦況如何に」と案じて来たものであろう。つぶさにその日の状況を聞きとると、やがて玄徳の前に出て忠言した。
五
「馬超と張飛と、このまま、幾たびも戦わせておいたら、かならず一方は討死するにきまっています。両方とも、稀世の英傑。これを殺すことは畏れながらあなたのご徳望を損ねましょう」
孔明はまず、その愚を止めた。玄徳ももとより同じ気持だった。しかし、敵の英傑を助けるには、その人を、味方に招く以外に方法はない。さもなければ、味方の禍いであり、あらゆる手段を以てしても、これを除く工夫をしないわけにゆかない。
「――天恵です、それに一案があるのです。かならず馬超はお味方へ招いてみせます。私がにわかにこれへ来たのもそのためにほかならないのです」
孔明はいう。そして、疑う玄徳にむかい、その理由ある所以を次のように説明した。
「このところ、馬超が、つねにも増して、強いわけは、今や彼の立場は、進んでも敵、退いても敵、進退両難に陥っているためで、いわゆる捨身の奮迅だからです」
こう冒頭して――
「なぜ馬超が、そんな苦しい立場に陥っているかというに、実は、それもかくいう臣孔明が、手をまわして、そのたねを蒔いておいたものでした。元来、漢中の張魯という野心家は、どうかして漢寧王の称号を得たいと常々から希っておるので、その腹心の人楊松へ私から密書をやっておきました。楊松はまた慾に目のない男ですから、多額な金品をあわせ賄賂うてくれたことも申すまでもありません。――そこで私の書中には――わが主玄徳が蜀を収めたら、天子に奏して、きっと張魯をして、漢寧王に封ずるように運動しよう。このことは確約してもよろしい。……しかしそのかわりに、馬超を葭萌関から呼び返し給え。そう申しつかわしたわけです」
「なるほど」
玄徳は孔明の遠謀に、今さらながら愕きの目をみはっていた。
「――交渉数回、もともとそれに野望のある張魯ですし、楊松へもいろいろ好条件をつけてやりましたから、私と漢中との、秘密外交はまとまっているのです。で、漢中の方針は、急角度に一変し、ここへ攻めてきている馬超に対して、即時引き揚げよと、張魯から幾たびも早馬が来ておるはずです」
「ほう。そうであったか」
「しかしです。――馬超が素直にそれを肯くわけはありません。彼は国のない者です。この機会に自己の地盤なり兵力なりを持たなければ生涯の機を逸するものと深く思っているにちがいない。旁〻、諸州への外聞もある。――漢中の命令を耳にも入れず、かえっていよいよ急にここを攻めているものなのです」
「――む、む」
「張魯の心証は、俄然、馬超に対して悪化しました。弟の張衛もまた、楊松と親密なので、大いに馬超を讒言し始め、馬超は漢中の兵を借りたのを奇貨として、私に蜀を攻め取り、後には漢中へ弓をひく料簡だろう――と、そんなことを云い触らし始めたのです」
「張魯のこころは?」
「同様に怒り立って、ついに張衛に兵を与えて国境に立たせ、たとえ馬超が帰るも、漢中に入るるなかれと命令し、かつ、使者をもって、馬超の陣へ臨ませ――汝、命にそむいて、ここを引き揚げぬからには、一ヵ月のあいだに三つの功を遂げよ。一、蜀を取る。二、劉璋の首を刎ね、三、玄徳以下荊州軍をことごとく蜀外に追い払え。――と申し渡したとか。以上は、馬超の身を包んでいる事情です。その窮地を私は救ってやろうと考えます。どうか私の三寸の舌におまかせ下さい」
「軍師みずから行って馬超を説かんといわれるのか」
「そうです。それくらいな誠意をこちらも示さねば……」
「危ない。万一、不慮の事が生じたら取り返しがつかぬ」
「いや、ご心配はありません。明日、朝の光を見たら、直ちに行って、馬超に面会を求めましょう」
「まあ、今夜一晩、考えてからにしよう」
玄徳は容易にゆるさない。しかし次の日となると、はからずもここへ、ひとりの適当な人物が、天の配剤かのごとく、玄徳を訪ねて来た。
六
その人は、李恢、字は徳昂といい、蜀中の賢人といわれ、士民の尊敬も浅くないので、綿竹の城にある趙雲からわざわざ書簡をそえて紹介して来たものであった。
李恢は玄徳にいった。
「孔明軍師がこちらへお出でになったでしょう」
「昨夜、関中に着いた」
「馬超を招き降さんがためではありませんか」
「どうしてわかる」
「俗に、傍目八目というではありませんか。第三者として傍観しておれば、孔明軍師がきょうまでのあいだに、漢中の張魯にたいして、どんな手だてを打っておるかは、楽屋から舞台を覗いているようによくわかるものです」
「待て待て。それはおいて、ご辺はここへ何しに来たか」
「馬超を説かんとして来ました」
「ふうむ。……馬超を説いて、予の帷幕に招いてくる自信があるか」
「あります。孔明軍師を除いては、おそらく、その使いをなすものは、私のほかにありますまい」
「しかし、ご辺はさきに、劉璋を諫めた人と聞いておる。いままた、この玄徳に言をなして、予のために働こうという。いったいご辺は、劉璋に忠ならんとするのか、玄徳に仕えんとするのか」
「良禽は木を撰ぶ。そんなことは訊くだけ野暮ではありませんか。皇叔、あなたも蜀を喰いつぶしに来たのではないでしょう。蜀中に仁を施しにきたのではありませんか」
孔明は衝立のかげに聞いていたが、このとき現れて、
「李恢、私に代って、馬超の陣へ行ってくれ。御身なら必ず使命を果たすだろう」と、いって、玄徳にゆるしを求め、かつ、書簡を仰いだ。
玄徳の一書を持って、李恢はやがて、関外へ出て行った。
馬超は、その本陣で、彼の訪問をうけると開口一番に、
「汝は、玄徳に頼まれてきた説客であろう」といった。
李恢は悪びれもせず「そうだ」と、うなずき、
「しかし、頼まれてきたのは、玄徳ではないよ」
「では、誰だ」
「御身の亡き父親から」
「なに」
「不孝の子をよく訓えてくれとな。……夢でだよ」
「この風来人め、詭弁をやめよ。あの匣の中には、つい近頃、磨がせたばかりの宝剣があるぞ」
「幸いに、その剣が、そういうご自身の首を試みるものにならなければよいが」
「まだいうか」
「前途ある青年馬超を惜しむのあまりわしはいう! 聞き給え馬超、いったいおぬしの父親は誰に殺されたのだ。――そもそも、西涼の兵馬をあげて、倶に天をいただかずと、神明に誓った当の仇敵は、魏の曹操ではなかったか」
「…………」
「その曹操のため、敗れて漢中に奔り、張魯のため、よい道具につかわれたあげく、一族の楊松などに讒せられ、腹背に禍いをうけ、名もなき暴戦をして、可惜、有為の身を意義もなく捨て果てようとは。……さてさて、呆れた愚者。辱知らず。父の馬騰もあの世で哭いているだろう」
「……ううむ」
「何が、ううむだ。思え、泉下の父の無念を。……たとえ御身が玄徳に勝ったところで、歓ぶものは誰だか知っておるか。それは曹操ではないか」
「賢士。目がさめた。ゆるしたまえ。ああ誤った」
馬超は、がばと、身をくずして、李恢のまえに哭き仆れた。
このとき李恢は満身から声を発して、
「悪いと気がついたら、なぜ幕外に潜めておる兵を退けんかっ」と、あたりを睨まえた。
隠れていた武士たちは胆をつぶして、こそこそ消えた。李恢は、馬超の腕をとって確と自分の腕に拱み、
「さあ、行こう。劉玄徳は御身を待っている。決して、辱めはしないよ。わしがついている。わしにまかせておくがいい」