一 このとき丞相府には、荊州方面から重大な情報が入っていた。 「荊州の玄徳は、いよいよ蜀に攻め入りそうです。目下、彼の地では活溌な準備が公然と行われている」 曹操はかく聞いて胸をいためた。もし玄徳が蜀に入ったら、淵の龍が...
一 曹操の本軍と、西涼の大兵とは、次の日、潼関の東方で、堂々対戦した。 曹軍は、三軍団にわかれ、曹操はその中央にあった。 彼が馬をすすめると、右翼の夏侯淵、左翼の曹仁は、共に早鉦を打ち鼓を鳴らして、その威風にさらに気勢...
一 敵を誘うに、漫罵愚弄して彼の怒りを駆ろうとするのは、もう兵法として古すぎる。 で、蜀軍はわざと虚陣の油断を見せたり、弱兵を前に立てたり、日々工夫して、釣りだしを策してみたが、呉は土龍のように、依然として陣地から一歩も出て...
一 樊城は包囲された。弱敵に囲まれたのとちがい、名だたる関羽とその精鋭な軍に包囲されたのであるから、落城の運命は、当然に迫った。 (――急遽、来援を乞う) との早馬は、魏王宮中を大いに憂えさせた。曹操は評議の席にのぞむと...
一 (――急に、魏公が、あなたと夏侯惇のおふたりに内々密議を諮りたいとのお旨である。すぐ府堂までお越しありたい) 賈詡からこういう手紙が来た。使いをうけたのは、曹操の一族、曹仁である。 「なんだろう?」 曹仁は、洛中...
一 長江千里、夜が明けても日が暮れても、江岸の風景は何の変化もない。水は黄色く、ただ滔々淙々と舷を洗う音のみ耳につく。 船は夜昼なく、呉の北端、柴桑郡をさして下っている。――その途中、魯粛はひそかにこう考えた。 「痩せて...
一 「えっ、荊州が陥ちた?」 関平は戦う気も萎え、徐晃をすてて一散に引っ返した。混乱するあたまの中で、 「ほんとだろうか? まさか?」 と、わくわく思い迷った。 そして堰城近くまで駈けてくると、こはいかに城は濛...
一 城兵の士気は甦った。 孤立無援の中に、苦闘していた城兵は、思わぬ劉玄徳の来援に、幾たびも歓呼をあげてふるった。 老太守の陶謙は、「あの声を聞いて下さい」と、歓びにふるえながら、玄徳を上座に直すと、直ちに太守の佩印を...
一 槍の先に、何やら白い布をくくりつけ、それを振りながらまっしぐらに駈けてくる敵将を見、曹操の兵は、 「待てっ、何者だ」と、たちまち捕えて、姓名や目的を詰問した。 「わしは、曹丞相の旧友だ。南陽の許攸といえば、きっと覚えて...
一 曹操は、見つけて、 「おのれ、あれなるは、たしかに呂布」と、さえぎる雑兵を蹴ちらして、呂布の立っている高地へ近づこうとしたが、董卓直参の李傕が、横合いの沢から一群を率いてどっと馳けおり、 「曹操を生擒れ」 「曹操を...
一 主従は相見て、狂喜し合った。 「おう、趙雲ではないか。どうして、わしがここにいるのが分った」 「ご無事なお姿を拝して、ほっと致しました。この村まで来ると、昨夜、見馴れぬ高官が、童子に誘われて、水鏡先生のお宅へ入ったと百...
一 渭水は大河だが、水は浅く、流れは無数にわかれ、河原が多く、瀬は早い。 所によって、深い淵もあるが、浅瀬は馬でも渡れるし、徒渉もできる。 ここを挟んで、曹操は、北の平野に、野陣を布いて、西涼軍と対していたが、夜襲朝討...
一 渦まく水、山のような怒濤、そして岸うつ飛沫。この夜、白河の底に、溺れ死んだ人馬の数はどれ程か、その大量なこと、はかり知るべくもない。 堰を切り、流した水なので、水勢は一時的ではあった。しかしなお、余勢の激流は滔々と岸を洗...
一 瑾の使いは失敗に帰した。ほうほうの態で呉へ帰り、ありのままを孫権に復命した。 「推参なる長髯獣め。われに荊州を奪るの力なしと見くびったか」 孫権は、荊州攻略の大兵をうごかさんとして、その建業城の大閣に、群臣の参集を求...
一 魏ではこのところ、ふたりの重臣を相次いで失った。大司馬曹仁と謀士賈詡の病死である。いずれも大きな国家的損失であった。 「呉が蜀と同盟を結びました」 折も折、侍中辛毘からこう聞かされたとき、皇帝曹丕は、 「まちがい...
一 楊奉の部下が、 「徐晃が今、自分の幕舎へ、敵方の者をひき入れて何か密談しています」 と、彼の耳へ密告した。 楊奉は、たちまち疑って、 「引っ捕えて糺せ」と、数十騎を向けて、徐晃の幕舎をつつみかけた。すると、...
一 さて。――日も経て。 曹操はようやく父のいる郷土まで行き着いた。 そこは河南の陳留(開封の東南)と呼ぶ地方である。沃土は広く豊饒であった。南方の文化は北部の重厚とちがって進取的であり、人は敏活で機智の眼がするどく働...
一 樊城へ逃げ帰った残兵は、口々に敗戦の始末を訴えた。しかも呂曠、呂翔の二大将は、いくら待っても城へ帰ってこなかった。 すると程経てから、 「二大将は、残りの敗軍をひきいて帰る途中、山間の狭道に待ち伏せていた燕人張飛と名...
一 味方の大捷に、曹操をはじめ、十八ヵ国の諸侯は本陣に雲集して、よろこびを動揺めかせていた。 そのうちに、討取った敵の首級何万を検し大坑へ葬った。 「この何万の首のうちに、一つの呂布の首がないのだけは、遺憾だな」 ...
一 一方、孫乾は油江口にある味方の陣に帰ると、すぐ玄徳に、帰りを告げて、 「いずれ周瑜が自身で答礼に参るといっておりました」と、話した。 玄徳は、孔明と顔見合わせて、 「これほどな儀礼に、周瑜が自身で答礼に来るという...
一 河北の広大をあわせ、遼東や遼西からも貢ぎせられ、王城の府許都の街は、年々の殷賑に拍車をかけて、名実ともに今や中央の府たる偉観と規模の大を具備してきた。 いわゆる華の都である。人目高いその都門へ、赤裸同然な態たらくで逃げ帰...
一 父の矢創も日ましに癒えてゆく様子なので、一時はしおれていた関平も、 「もう心配はない。この上は一転して、攻勢に出で、魏の慢心を挫ぎ、わが実力の程を見せてくれねばならん」と、帷幕の人々と額をあつめて作戦をねっていた。 ...
一 難路へかかったため、全軍、まったく進退を失い、雪は吹き積もるばかりなので、曹操は焦だって、馬上から叱った。 「どうしたのだ、先鋒の隊は」 前隊の将士は、泣かんばかりな顔を揃えて、雪風の中から答えた。 「ゆうべの大...
一 この当時である。曹操は大いに職制改革をやっていた。つねに内政の清新をはかり、有能な人物はどしどし登用して、閣僚の強化につとめ、 (事あれば、いつでも)という、いわゆる臨戦態勢をととのえていた。 毛玠が東曹掾に任じられ...
一 その頃、北海(山東省・寿光県)の太守孔融は、将軍に任命されて、都に逗留していたが、河北の大軍が、黎陽まで進出してきたと聞いて、すぐさま相府に馳けつけ、曹操に謁して、こう直言した。 「袁紹とは決して軽々しく戦えません。多少は...