一 七日にわたる婚儀の盛典やら祝賀の催しに、呉宮の内外から国中まで、 「めでたい。めでたい」 と、千載万歳を謳歌している中で、独りひそかに、 「何たることだ」と、予想の逆転と、計の齟齬に、鬱憤のやりばもなく、仮病をと...
一 孔明の使命はまず成功したといってよい。呉の出師は思いどおり実現された。孔明はあらためて孫権に暇を告げ、その日、すこし遅れて一艘の軍船に身を託していた。 同舟の人々は、みな前線におもむく将士である。中に、程普、魯粛の二将も...
一 荊州の本城は実に脆く陥ちた。関羽は余りに後方を軽んじ過ぎた。戦場のみに充血して、内政と防禦の点には重大な手ぬかりをしていた嫌いがある。 烽火台の備えにたのみすぎていたこともその一つだが、とりわけまずいのは、国内を守る人物...
一 「この大機会を逸してどうしましょうぞ」 という魯粛の諫めに励まされて、周瑜もにわかにふるい起ち、 「まず、甘寧を呼べ」と令し、営中の参謀部は、俄然、活気を呈した。 「甘寧にござりますが」 「おお、来たか」 ...
一 馬謖は云った。 「なぜか、司馬懿仲達という者は、あの才略を抱いて、久しく魏に仕えながら、魏では重く用いられていません。彼が曹操に侍いて、その図書寮に勤めていたのは、弱冠二十歳前後のことだと聞いています。曹操、曹丕、曹叡、三...
一 「張虎と楽綝か。早速見えて大儀だった。まあ、腰かけてくれ」 「懿都督。何事ですか」 「ほかでもないが、近頃、敵の孔明がたくさんにつくらせたという木牛流馬なるものを、貴公らは見たか」 「いやまだ目撃しません」 「剣...
一 喬国老の邸では、この大賓をふいに迎えて、驚きと混雑に、ごった返した。 「えっ。皇叔と呉妹君との結婚の談があったのですって?」 初耳とみえて、喬国老は、桃のような血色を見せながら、眼をまろくした。 「しかし、それは...
一 程秉は逃げ帰るように急いで呉国へ引き揚げた。その結果、ふたたび建業城中の大会議となって、閣員以下、呉の諸将は、今さらの如く蜀の旺盛な戦意を再認識して、満堂の悽気、恐愕のわななき、おおうべくもなかった。 「諸員。何をか恐れる...
一 孫高、傅嬰の二人は、その夜すぐ兵五十人をつれて、戴員の邸を襲い、 「仇の片割れ」と、その首を取って主君の夫人徐氏へ献じた。 徐氏はすぐ喪服をかぶって、亡夫の霊を祭り、嬀覧、戴員二つの首を供えて、 「お怨みをはらし...
一 柴桑城の大堂には、暁天、早くも文武の諸将が整列して、呉主孫権の出座を迎えていた。 夜来、幾度か早馬があって、鄱陽湖の周瑜は、未明に自邸を立ち、早朝登城して、今日の大評議に臨むであろうと、前触れがきているからである。 ...
一 呉の境から退いて、司馬懿が洛陽に留っているのを、時の魏人は、この時勢に閑を偸むものなりと非難していたが、ここ数日にわたってまた、 (孔明がふたたび祁山に出てきた。ために、魏の先鋒の大将は幾人も戦死した) という情報が...
一 「逃がしては!」と、徐盛は、水夫や帆綱の番を励まして、 「追いつけ。孔明の舟をやるな」と、舷を叩いて励ました。 先へ舟を早めていた孔明は、ふたたび後から追いついて来る呉の船を見た。孔明は、笑っていたが、彼と船中に対坐し...
一 蜀の大軍は、沔陽(陝西省・沔県、漢中の西)まで進んで出た。ここまで来た時、 「魏は関西の精兵を以て、長安(陝西省・西安)に布陣し、大本営をそこにおいた」 という情報が的確になった。 いわゆる天下の嶮、蜀の桟道を...
一 蜀魏両国の消耗をよろこんで、その大戦のいよいよ長くいよいよ酷烈になるのを希っていたのは、いうまでもなく呉であった。 この時に当って、呉王孫権は、宿年の野望をついに表面にした。すなわち彼もまた、魏や蜀にならって、皇帝を僭称...
一 一夜、司馬懿は、天文を観て、愕然とし、また歓喜してさけんだ。 「――孔明は死んだ!」 彼はすぐ左右の将にも、ふたりの息子にも、昂奮して語った。 「いま、北斗を見るに、大なる一星は、昏々と光をかくし、七星の座は崩れ...
一 その後すぐ呉の諜報機関は、蔡瑁、張允の二将が曹操に殺されて、敵の水軍司令部は、すっかり首脳部を入れ替えたという事実を知った。 周瑜は、それを聞いて、 「どうだ、おれの計略は、名人が弓を引いて、翊ける鳥を射的てたように...
一 孔明の従えてきた荊州の舟手の兵は、みな商人に姿を変えていた。玄徳と夫人、また随員五百を各〻の舟に収容すると、たちまち、櫓櫂をあやつり、帆を揚げて、入江の湾口を離れた。 「やあ、その舟返せ」 呉の追手は、遅ればせに来て...
一 「それがしは、魏の部将鄭文という者です。丞相に謁してお願いしたいことがある」 ある日、蜀の陣へ来て、こういう者があった。 孔明が対面して、 「何事か」 と、質すと、鄭文は拝伏して、 「降参を容れていただ...
一 敵を誘うに、漫罵愚弄して彼の怒りを駆ろうとするのは、もう兵法として古すぎる。 で、蜀軍はわざと虚陣の油断を見せたり、弱兵を前に立てたり、日々工夫して、釣りだしを策してみたが、呉は土龍のように、依然として陣地から一歩も出て...
一 敗戦の責任を問われるものと察して、蔡瑁、張允の二人は、はや顔色もなかった。 恟々として、曹操の前へすすみ、かつ百拝して、このたびの不覚を陳謝した。 曹操は、厳として云った。 「過ぎ去った愚痴を聞いたり、また過去...
一 漢中滞陣の一ヵ年のうちに、孔明は軍の機構からその整備や兵器にまで、大改善を加えていた。 たとえば突撃や速度の必要には、散騎隊武騎隊を新たに編制して、馬に練達した将校をその部に配属し、また従来、弩弓手として位置も活用も低か...
一 玄徳の死は、影響するところ大きかった。蜀帝崩ず、と聞えて、誰よりも歓んだのは、魏帝曹丕で、 「この機会に大軍を派せば、一鼓して成都も陥すことができるのではないか」 と虎視眈々、群臣に諮ったが、賈詡は、 「孔明がお...
一 喪旗を垂れ、柩をのせた船は、哀々たる弔笛を流しながら、夜航して巴丘を出て、呉へ下って行った。 「なに、周瑜が死んだと?」 孫権は、彼の遺書を手にするまで、信じなかった。いや信じたくなかった。 周瑜の遺書には、 ...
一 孔明は成都に還ると、すぐ参内して、天機を奉伺し、帝劉禅へこう奏した。 「いったい如何なる大事が出来て、かくにわかに、臣をお召し還し遊ばされましたか」 もとより何の根拠もないことなので、帝はただうつ向いておられたが、や...
一 誰か知ろう真の兵家が大機を逸した胸底のうらみを。 人はみな、蜀軍の表面の勝ちを、あくまで大勝とよろこんでいたが、独り孔明の胸には、遺憾やるかたないものがつつまれていた。 加うるに、彼が、ひとまず自軍を渭南の陣にまと...