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馬超と張飛

一  彗星のごとく現われて彗星のようにかき失せた馬超は、そも、どこへ落ちて行ったろうか。  ともあれ、隴西の州郡は、ほっとしてもとの治安をとりもどした。  夏侯淵は、その治安の任を、姜叙に託すとともに、 「君はこのたびの...

本文 三国志 遠南の巻
8ヶ月 ago
二度祁山に出づ

一  漢中滞陣の一ヵ年のうちに、孔明は軍の機構からその整備や兵器にまで、大改善を加えていた。  たとえば突撃や速度の必要には、散騎隊武騎隊を新たに編制して、馬に練達した将校をその部に配属し、また従来、弩弓手として位置も活用も低か...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
輸血路

一 「大王が帰ってきた」 「大王は生きている」  と、伝え合うと、諸方にかくれていた敗軍の蛮将蛮卒は、たちまち蝟集して彼をとり巻いた。そして口々に、 「どうして蜀の陣中から無事に帰ってこられたので?」  と、怪訝顔し...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
麦青む

一  孔明は成都に還ると、すぐ参内して、天機を奉伺し、帝劉禅へこう奏した。 「いったい如何なる大事が出来て、かくにわかに、臣をお召し還し遊ばされましたか」  もとより何の根拠もないことなので、帝はただうつ向いておられたが、や...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
女衣巾幗

一  誰か知ろう真の兵家が大機を逸した胸底のうらみを。  人はみな、蜀軍の表面の勝ちを、あくまで大勝とよろこんでいたが、独り孔明の胸には、遺憾やるかたないものがつつまれていた。  加うるに、彼が、ひとまず自軍を渭南の陣にまと...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
高楼弾琴

一  魏の大陣容はととのった。  辛毘、あざなは佐治、これは潁州陽翟の生れ、大才の聞え夙にたかく、いまや魏主曹叡の軍師として、つねに帝座まぢかく奉侍している。  孫礼、字は徳達は、護軍の大将として早くより戦場にある曹真の大軍...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago

一  魏の総勢が遠く退いた後、孔明は八部の大軍をわけて箕谷と斜谷の両道からすすませ、四度祁山へ出て戦列を布かんと云った。 「長安へ出る道はほかにも幾条もあるのに、丞相には、なぜいつもきまって、祁山へ進み出られるのですか」  ...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
心縛

一 「――そんな筈はないが?」  と孟獲は疑ったが、夜になると土人が、忙牙長の首を拾って届けてきた。  彼は、日夜離したことのない杯をほうり捨てた。 「やい。誰か行って、この仇を取ってこい。忙牙長に代って、馬岱の首を討っ...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
具眼の士

一  多年軍需相として、重要な内政の一面に才腕をふるっていた李厳の退職は、何といっても、蜀軍の一時的休養と、延いては国内諸部面の大刷新を促さずにはおかなかった。  蜀道の嶮岨は、事実、誰がその責任者に当っても、克服することのでき...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
火水木金土

一  渭水は大河だが、水は浅く、流れは無数にわかれ、河原が多く、瀬は早い。  所によって、深い淵もあるが、浅瀬は馬でも渡れるし、徒渉もできる。  ここを挟んで、曹操は、北の平野に、野陣を布いて、西涼軍と対していたが、夜襲朝討...

本文 望蜀の巻 三国志
8ヶ月 ago
西涼ふたたび燃ゆ

一  忽然と、蒙古高原にあらわれて、胡夷の猛兵をしたがえ、隴西(甘粛省)の州郡をたちまち伐り奪って、日に日に旗を増している一軍があった。  建安十八年の秋八月である。この蒙古軍の大将は、さきに曹操に破られて、どこへか落ちて行った...

本文 三国志 遠南の巻
8ヶ月 ago
祁山の野

一  蜀軍の武威は大いに振った。行くところ敵なきその形容はまさに、原書三国志の記述に髣髴たるものがうかがわれる。 ――蜀ノ建興五年冬、孔明スデニ天水、南安、安定ノ三郡ヲ攻取リ、ソノ威、遠近ヲ靡カセ、大軍スデニ祁山ニ出デ、渭水ノ西ニ...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
西部第二戦線

一  当時、中国の人士が、西羗の夷族と呼びならわしていたのは、現今の青海省地方――いわゆる欧州と東洋との大陸的境界の脊梁をなす大高原地帯――の西蔵人種と蒙古民族との混合体よりなる一王国をさしていっていたものかと考えられる。  さ...

五丈原の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
馬岱

三国志 人名
8ヶ月 ago