一 魏の兵が大勢して仔馬のごとく草原に寝ころんでいた。 一年中で一番季節のよい涼秋八月の夜を楽しんでいるのだった。 そのうちに一人の兵が不意に、あっといった。 「やっ。何だろう?」 また、ひとりが指さし、その...
一 次の日の朝まだき。 徐庶は小鳥の声とともに邸を出ていた。ゆうべは夜もすがら寝もやらずに明かしたらしい瞼である。今朝、新野の城門を通った者では、彼が一番早かった。 「単福ではないか。いつにない早い出仕。何事が起ったのか...
一 街亭の大捷は、魏の強大をいよいよ誇らしめた。魏の国内では、その頃戦捷気分に拍車をかけて、 「この際、蜀へ攻め入って、禍根を断て」 という輿論さえ興ったほどである。司馬懿仲達は、帝がそれにうごかされんことをおそれて、 ...
一 漢中の境を防ぐため、大軍を送りだした後も、曹操は何となく、安からぬものを抱いていた。 管輅の予言に。――明春早々、都のうちに、火の災いあらん――とあるそのことだった。 「都というからには、もちろん、この鄴都ではあるま...
一 自国の苦しいときは敵国もまた自国と同じ程度に、或いはより以上、苦しい局面にあるという観察は、たいがいな場合まず過りのないものである。 その前後、魏都洛陽は、蜀軍の内容よりは、もっと深刻な危局に立っていた。 それは、...
一 せっかく名医に会いながら、彼は名医の治療を受けなかった。のみならず華陀の言を疑って、獄へ投じてしまったのである。まさに、曹操の天寿もここに尽きるの兆というほかはない。 ところが、典獄の呉押獄は、罪なき華陀の災難を気の毒に...
一 魏の勢力が、全面的に後退したあとは、当然、玄徳の蜀軍が、この地方を風靡した。 上庸も陥ち、金城も降った。 申耽、申儀などという旧漢中の豪将たちも、 「いまは誰のために戦わん」といって、みな蜀軍の麾下へ、降人とな...
一 馬謖は云った。 「なぜか、司馬懿仲達という者は、あの才略を抱いて、久しく魏に仕えながら、魏では重く用いられていません。彼が曹操に侍いて、その図書寮に勤めていたのは、弱冠二十歳前後のことだと聞いています。曹操、曹丕、曹叡、三...
一 蜀の諸葛亮孔明と、魏の司馬懿仲達とが、堂々と正面切って対峙するの壮観を展開したのは、実にこの建興七年四月の、祁山夏の陣をもって最初とする。 それまでの戦いでは仲達はもっぱら洛陽にあって陣頭に立たなかったといってよい。序戦...
一 「張虎と楽綝か。早速見えて大儀だった。まあ、腰かけてくれ」 「懿都督。何事ですか」 「ほかでもないが、近頃、敵の孔明がたくさんにつくらせたという木牛流馬なるものを、貴公らは見たか」 「いやまだ目撃しません」 「剣...
一 曹操の死は天下の春を一時寂闇にした。ひとり魏一国だけでなく、蜀、呉の人々の胸へも云わず語らず、人間は遂に誰であろうとまぬがれ難い天命の下にあることを、今さらのように深く内省させた。 「故人となって見れば彼の偉大さがなお分る...
一 呉の境から退いて、司馬懿が洛陽に留っているのを、時の魏人は、この時勢に閑を偸むものなりと非難していたが、ここ数日にわたってまた、 (孔明がふたたび祁山に出てきた。ために、魏の先鋒の大将は幾人も戦死した) という情報が...
一 年はついに暮れてしまった。 あくれば建安十三年。 新野の居城に、歳暮や歳旦を迎えているまも、一日とて孔明を思わぬ日のない玄徳は、立春の祭事がすむと、卜者に命じて吉日をえらばせ、三日の潔斎をして身をきよめた。 ...
一 蜀魏両国の消耗をよろこんで、その大戦のいよいよ長くいよいよ酷烈になるのを希っていたのは、いうまでもなく呉であった。 この時に当って、呉王孫権は、宿年の野望をついに表面にした。すなわち彼もまた、魏や蜀にならって、皇帝を僭称...
一 馬超は弱い。決して強いばかりの人間ではなかった。理に弱い。情にも弱い。 李恢はなお説いた。 「玄徳は、仁義にあつく、徳は四海に及び、賢を敬い、士をよく用いる。かならず大成する人だ。こういう公明な主をえらぶに、何でうし...
一 一夜、司馬懿は、天文を観て、愕然とし、また歓喜してさけんだ。 「――孔明は死んだ!」 彼はすぐ左右の将にも、ふたりの息子にも、昂奮して語った。 「いま、北斗を見るに、大なる一星は、昏々と光をかくし、七星の座は崩れ...
一 青貝の粉を刷いたような星は満天にまたたいていたが、十方の闇は果てなく広く、果てなく濃かった。陰々たる微風は面を撫で、夜気はひややかに骨に沁む。 「なるほど、妖気が吹いてくる――」 仲達は眸をこらして遠くを望み見ていた...
一 手術をおえて退がると、華陀はあらためて、次の日、関羽の容体を見舞いにきた。 「将軍。昨夜は如何でした」 「いや、ゆうべは熟睡した。今朝さめてみれば、痛みも忘れておる。御身は実に天下の名医だ」 「いや、てまえも随分今...
一 孔明の家、諸葛氏の子弟や一族は、のちに三国の蜀、呉、魏――それぞれの国にわかれて、おのおの重要な地位をしめ、また時代の一方をうごかしている関係上、ここでまず諸葛家の人々と、孔明そのものの為人を知っておくのも、決してむだではなか...
一 ここが大事だ! と龐統はひそかに警戒した。まんまと詐りおおせたと心をゆるしていると、案外、曹操はなお――間ぎわにいたるまで、こっちの肚を探ろうとしているかも知れない――と気づいたからである。 で、彼は、曹操が、 (成...
一 長安に還ると、司馬懿は、帝曹叡にまみえて、直ちに奏した。 「隴西諸郡の敵はことごとく掃討しましたが、蜀の兵馬はなお漢中に留っています。必ずしもこれで魏の安泰が確保されたものとはいえません。故にもし臣をして、さらにそれを期せ...
一 呉侯は、呂蒙の死に、万斛の涙をそそいで、爵を贈り、棺槨をそなえ、その大葬を手厚くとり行った後、 「建業から呂覇を呼べ」と、いいつけた。 呂覇は呂蒙の子である。やがて張昭に連れられて荊州へ来た。孫権は可憐な遺子をながめ...
一 澄み暮れてゆく夕空の無辺は、天地の大と悠久を思わせる。白い星、淡い夕月――玄徳は黙々と広い野をひとりさまよってゆく。 「ああ、自分も早、四十七歳となるのに、この孤影、いつまで無為飄々たるのか」 ふと、駒を止めた。 ...
一 「それがしは、魏の部将鄭文という者です。丞相に謁してお願いしたいことがある」 ある日、蜀の陣へ来て、こういう者があった。 孔明が対面して、 「何事か」 と、質すと、鄭文は拝伏して、 「降参を容れていただ...
一 玄徳の死は、影響するところ大きかった。蜀帝崩ず、と聞えて、誰よりも歓んだのは、魏帝曹丕で、 「この機会に大軍を派せば、一鼓して成都も陥すことができるのではないか」 と虎視眈々、群臣に諮ったが、賈詡は、 「孔明がお...