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日輪

一  呉侯の妹、玄徳の夫人は、やがて呉の都へ帰った。  孫権はすぐ妹に質した。 「周善はどうしたか」 「途中、江の上で、張飛や趙雲に阻められ、斬殺されました」 「なぜ、そなたは、阿斗を抱いてこなかったのだ」 「そ...

本文 三国志 遠南の巻
7ヶ月 ago
藤花の冠

一  王宮の千客は、みな眼をこすり合った。眼のせいか、気のせいかと、怪しんだのであろう。  ところへ、各人の卓へ、庖人が魚の鱠を供えた。左慈は、一眄して、 「魏王が一代のご馳走といってもいいこの大宴に、名も知れぬ魚の料理とは...

本文 三国志 遠南の巻
7ヶ月 ago
魚紋

一  玄徳の死は、影響するところ大きかった。蜀帝崩ず、と聞えて、誰よりも歓んだのは、魏帝曹丕で、 「この機会に大軍を派せば、一鼓して成都も陥すことができるのではないか」  と虎視眈々、群臣に諮ったが、賈詡は、 「孔明がお...

出師の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
蜀呉修交

一  要するに、陸遜の献策は。  一つには魏の求めに逆らわず、二つには蜀との宿怨を結ばず、三つにはいよいよ自軍の内容を充実して形勢のよきに従う。  ということであった。  呉の方針は、それを旨として、以後、軍は進めて、あ...

出師の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
鹿と魏太子

一  孔明還る、丞相還る。  成都の上下は、沸き返るような歓呼だった。後主劉禅にも、その日、鸞駕に召されて、宮門三十里の外まで、孔明と三軍を迎えに出られた。  帝の鸞駕を拝すや、孔明は車から跳びおりて、 「畏れ多い」と、...

出師の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
御林の火

一  街は戸ごとに燈火をつらね、諸門の陣々も篝に染まり、人の寄るところ、家のあるところ、五彩の燈にいろどられているため、こよい正月十五日の夜、天上一輪の月は、なおさら美しく見えた。  王必の営中では、宵の口から酒宴がひらかれ、将...

本文 三国志 遠南の巻
7ヶ月 ago
具眼の士

一  多年軍需相として、重要な内政の一面に才腕をふるっていた李厳の退職は、何といっても、蜀軍の一時的休養と、延いては国内諸部面の大刷新を促さずにはおかなかった。  蜀道の嶮岨は、事実、誰がその責任者に当っても、克服することのでき...

五丈原の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
蛍の彷徨い

一  何進の幕将で中軍の校尉袁紹は、何進の首を抱いて、 「おのれ」と、青鎖門を睨んだ。  同じ何進の部下、呉匡も、 「おぼえていろ」と、怒髪を逆だて、宮門に火を放つと五百の精兵を駆って、なだれこんだ。 「十常侍をみな...

本文 桃園の巻 三国志
7ヶ月 ago
両虎競食の計

一  楊奉の部下が、 「徐晃が今、自分の幕舎へ、敵方の者をひき入れて何か密談しています」  と、彼の耳へ密告した。  楊奉は、たちまち疑って、 「引っ捕えて糺せ」と、数十騎を向けて、徐晃の幕舎をつつみかけた。すると、...

本文 草莽の巻 三国志
7ヶ月 ago
秘勅を縫う

一  禁苑の禽は啼いても、帝はお笑いにならない。  簾前に花は咲いても、帝のお唇は憂いをとじて語ろうともせぬ。  きょうも終日、帝は、禁中のご座所に、物思わしく暮しておわした。  三名の侍女が夕べの燭を点じて去る。 ...

臣道の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
大権転々

一  西涼(甘粛省・蘭州)の地方におびただしい敗兵が流れこんだ。  郿塢の城から敗走した大軍だった。  董卓の旧臣で、その四大将といわれる李傕、張済、郭汜、樊稠などは、連名して、使者を長安に上せ、 「伏して、赦を乞う」 ...

群星の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
梨の木

一  戦陣に在る日は、年を知らない曹操も凱旋して、すこし閑になずみ、栄耀贅沢をほしいままにしていると、どこが痛む、ここが悪いと、とかく体のことばかり訴える日が多かった。  いかんせん彼もすでに今年六十五という老齢である。体のまま...

出師の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
洛陽落日賦

一  味方の大捷に、曹操をはじめ、十八ヵ国の諸侯は本陣に雲集して、よろこびを動揺めかせていた。  そのうちに、討取った敵の首級何万を検し大坑へ葬った。 「この何万の首のうちに、一つの呂布の首がないのだけは、遺憾だな」  ...

群星の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
太医吉平

一  そのむかし、まだ洛陽の一皇宮警吏にすぎなかった頃、曹操という白面の青年から、おれの将来を卜してくれといわれて、 「おまえは治世の能臣だが、また乱世の奸雄だ」  と予言したのは、洛陽の名士許子将という人相観だった。 ...

臣道の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
舞刀飛首

一  百官の拝礼が終って、 「新帝万歳」の声が、喪の禁苑をゆるがすと共に、御林軍(近衛兵)を指揮する袁紹は、 「次には、陰謀の首魁蹇碩を血まつりにあげん」  と、剣を抜いて宣言した。  そしてみずから宮中を捜しまわっ...

本文 桃園の巻 三国志
7ヶ月 ago
乱兆

一  時は、中平六年の夏だった。  洛陽宮のうちに、霊帝は重い病にかかられた。  帝は病の篤きを知られたか、 「何進をよべ」  と、病褥から仰せ出された。  大将軍何進は、すぐ参内した。何進はもと牛や豚を屠殺して...

本文 桃園の巻 三国志
7ヶ月 ago
淮河の水上戦

一  孫権にとって甥の孫韶は義理ある兄の子でありまた兄の家、愈氏の相続人であった。だから彼が死罪になれば、兄の家が絶えることにもなる。  身は呉王の位置にあっても、軍律の重きことばかりは、如何ともし難いので、孫権はそんな事情まで...

出師の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
丞相旗

一  その頃、北海(山東省・寿光県)の太守孔融は、将軍に任命されて、都に逗留していたが、河北の大軍が、黎陽まで進出してきたと聞いて、すぐさま相府に馳けつけ、曹操に謁して、こう直言した。 「袁紹とは決して軽々しく戦えません。多少は...

臣道の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
許田の猟

一  都へ還る大軍が、下邳城を立ち出で、徐州へかえると、沿道の民は、ちまたに溢れて、曹操以下の将士へ、歓呼を送った。  その中から、一群れの老民が道に拝跪しながら進みでて、曹操の馬前に懇願した。 「どうか、劉玄徳様を、太守と...

臣道の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago