一 進まんか、前に荊州の呉軍がある。退かんか、後には魏の大軍がみちている。 眇々、敗軍の落ちてゆく野には、ただ悲風のみ腸を断つ。 「大将軍。試みに、呂蒙へお手紙を送ってみたら如何ですか。かつて呂蒙が陸口にいた時分は、よく...
一 百計も尽きたときに、苦悩の果てが一計を生む。人生、いつの場合も同じである。 張飛は、一策を案出した。 「集まれ」 七、八百の兵をならべて命じた。 「貴様たちはこれから鎌を持って山路を尋ね、馬糧の草を刈ってこ...
一 程秉は逃げ帰るように急いで呉国へ引き揚げた。その結果、ふたたび建業城中の大会議となって、閣員以下、呉の諸将は、今さらの如く蜀の旺盛な戦意を再認識して、満堂の悽気、恐愕のわななき、おおうべくもなかった。 「諸員。何をか恐れる...
一 船が北の岸につくと、また車を陸地に揚げ、簾を垂れて二夫人をかくし、ふたたび蕭々の風と渺々の草原をぬう旅はつづいてゆく。 そうした幾日目かである。 彼方からひとりの騎馬の旅客が近づいてきた。見れば何と、汝南で別れたき...
一 一羽の猛鷲が、翼をおさめて、山上の岩石からじっと、大地の雲霧をながめている。―― 遠方から望むと、孤将、関羽のすがたはそんなふうに見えた。 「お待たせいたしました」 張遼はふたたびそこへ息をきって登ってきた。そ...
一 蜀の大軍は、沔陽(陝西省・沔県、漢中の西)まで進んで出た。ここまで来た時、 「魏は関西の精兵を以て、長安(陝西省・西安)に布陣し、大本営をそこにおいた」 という情報が的確になった。 いわゆる天下の嶮、蜀の桟道を...
一 年はついに暮れてしまった。 あくれば建安十三年。 新野の居城に、歳暮や歳旦を迎えているまも、一日とて孔明を思わぬ日のない玄徳は、立春の祭事がすむと、卜者に命じて吉日をえらばせ、三日の潔斎をして身をきよめた。 ...
一 ――一方。 洛陽の焦土に残った諸侯たちの動静はどうかというに。 ここはまだ濛々と余燼のけむりに満ちている。 七日七夜も焼けつづけたが、なお大地は冷めなかった。 諸侯の兵は、思い思いに陣取って消火に努めて...
一 陳大夫の息子陳登は、その後も徐州にとどまって城代の車冑を補けていたが、一日、車冑の使いをうけて、何事かと登城してみると、車冑は人を払って、 「実は、曹丞相から密書をもって玄徳を殺すべしというご秘命だが、やり損じたら一大事で...
一 この年四月頃から蜀帝玄徳は永安宮の客地に病んで、病状日々に篤かった。 「いまは何刻か?」 枕前の燭を剪っていた寝ずの宿直や典医が、 「お目ざめでいられますか。いまは三更でございます」と、奏した。 白々と耀き...
一 馬超は弱い。決して強いばかりの人間ではなかった。理に弱い。情にも弱い。 李恢はなお説いた。 「玄徳は、仁義にあつく、徳は四海に及び、賢を敬い、士をよく用いる。かならず大成する人だ。こういう公明な主をえらぶに、何でうし...
一 樊城の包囲は完成した。水も漏らさぬ布陣である。関羽はその中軍に坐し、夜中ひんぴんと報じてくる注進を聞いていた。 曰く、 魏の援軍数万騎と。 曰く、 大将于禁、副将龐徳、さらに魏王直属の七手組七人の大将も...
一 荊州、襄陽、南郡三ヵ所の城を一挙に収めて、一躍、持たぬ国から持てる国へと、その面目を一新しかけてきた機運を迎えて、玄徳は、 「ここでよい気になってはならぬ――」と、大いに自分を慎んだ。 「亮先生」 「何ですか」 ...
一 手術をおえて退がると、華陀はあらためて、次の日、関羽の容体を見舞いにきた。 「将軍。昨夜は如何でした」 「いや、ゆうべは熟睡した。今朝さめてみれば、痛みも忘れておる。御身は実に天下の名医だ」 「いや、てまえも随分今...
一 顔良が討たれたので、顔良の司令下にあった軍隊は支離滅裂、潰走をつづけた。 後陣の支援によって、からくも頽勢をくい止めたものの、ために袁紹の本陣も、少なからぬ動揺をうけた。 「いったい、わが顔良ほどな豪傑を、たやすく討...
一 斗酒を傾けてもなお飽かない張飛であった。こめかみの筋を太らせて、顔ばかりか眼の内まで朱くして、勅使に唾を飛ばして云った。 「いったい、朝廷の臣ばかりでなく、孔明なども実に腑抜けの旗頭だ。聞けば、孔明はこんど皇帝の補佐たる丞...
一 張飛と関羽のふたりは、殿軍となって、二千余騎を県城の外にまとめ、 「この地を去る思い出に」 とばかり、呂布の兵を踏みやぶり、その部将の魏続、宋憲などに手痛い打撃を与えて、 「これで幾らか胸がすいた」と、先へ落ちて...
一 さて、その後。 ――焦土の洛陽に止まるも是非なしと、諸侯の兵も、ぞくぞく本国へ帰った。 袁紹も、兵馬をまとめて一時、河内郡(河南省・懐慶)へ移ったが、大兵を擁していることとて、立ちどころに、兵糧に窮してしまった。 ...
一 孔明の従えてきた荊州の舟手の兵は、みな商人に姿を変えていた。玄徳と夫人、また随員五百を各〻の舟に収容すると、たちまち、櫓櫂をあやつり、帆を揚げて、入江の湾口を離れた。 「やあ、その舟返せ」 呉の追手は、遅ればせに来て...
一 呉侯は、呂蒙の死に、万斛の涙をそそいで、爵を贈り、棺槨をそなえ、その大葬を手厚くとり行った後、 「建業から呂覇を呼べ」と、いいつけた。 呂覇は呂蒙の子である。やがて張昭に連れられて荊州へ来た。孫権は可憐な遺子をながめ...
一 澄み暮れてゆく夕空の無辺は、天地の大と悠久を思わせる。白い星、淡い夕月――玄徳は黙々と広い野をひとりさまよってゆく。 「ああ、自分も早、四十七歳となるのに、この孤影、いつまで無為飄々たるのか」 ふと、駒を止めた。 ...
一 何思ったか、関羽は馬を下り、つかつかと周倉のそばへ寄った。 「ご辺が周倉といわれるか。何故にそう卑下めさるか。まず地を立ち給え」と、扶け起した。 周倉は立ったが、なお、自身をふかく恥じるもののように、 「諸州大乱...
一 彗星のごとく現われて彗星のようにかき失せた馬超は、そも、どこへ落ちて行ったろうか。 ともあれ、隴西の州郡は、ほっとしてもとの治安をとりもどした。 夏侯淵は、その治安の任を、姜叙に託すとともに、 「君はこのたびの...
一 于禁は四日目に帰ってきた。 そのあいだ曹操は落着かない容子に見えた。しきりに結果を待ちわびていたらしい。 「ただいま立ち帰りました。遠く追いついて、蔡夫人、劉琮ともに、かくの如く、首にして参りました」 于禁の報...
一 或る日、ぶらりと、関羽のすがたが相府に見えた。 二夫人の内院が、建築も古いせいか、雨漏りして困るので修築してもらいたいと、役人へ頼みにきたのである。 「かしこまりました。さっそく丞相に伺って、ご修理しましょう」 ...