一 冬をこえて南枝の梅花のほころぶを見るとともに、董家の人々も眉をひらいた。近ごろ主人の董承はすっかり体も本復して、時おり後閣の春まだ浅い苑に逍遥する姿などを見かけるようになったからである。 「……雁が帰る。燕が来る。春は歩い...
一 この暁。 洛陽の丞相府は、なんとなく、色めき立っていた。 次々と着いてくる早馬は、武衛門の楊柳に、何頭となくつながれて、心ありげに、いななきぬいていた。 「丞相、お目をさまして下さい」 李儒は、顔色をかえ...
一 「呉の孫堅が討たれた」 耳から耳へ。 やがて長安(陝西省・西安)の都へその報は旋風のように聞えてきた。 董卓は、手を打って、 「わが病の一つは、これで除かれたというものだ。彼の嫡男孫策はまだ幼年だし……」 ...
天颷 一 董太師、郿塢へ還る。――と聞えたので、長安の大道は、拝跪する市民と、それを送る朝野の貴人で埋まっていた。 呂布は、家にあったが、 「はてな?」 窓を排して、街の空をながめていた。 「今日は、日も吉い...
一 永安城の李厳は、増産や運輸の任に当って、もっぱら戦争の後方経営に努め、いわゆる軍需相ともいうべき要職にある蜀の大官だった。 今その李厳から来た書簡を見ると、次のようなことが急告してある。 近ゴロ聞ク東呉、人ヲシテ洛陽ニ...
一 馬謖は云った。 「なぜか、司馬懿仲達という者は、あの才略を抱いて、久しく魏に仕えながら、魏では重く用いられていません。彼が曹操に侍いて、その図書寮に勤めていたのは、弱冠二十歳前後のことだと聞いています。曹操、曹丕、曹叡、三...
一 その後、玄徳は徐州の城へはいったが、彼の志とは異っていた。しかし事の成行き上、また四囲の情勢も、彼に従来のようなあいまいな態度や卑屈はもうゆるさなくなってきたのである。 玄徳の性格は、無理がきらいであった。何事にも無理な...
一 喬国老の邸では、この大賓をふいに迎えて、驚きと混雑に、ごった返した。 「えっ。皇叔と呉妹君との結婚の談があったのですって?」 初耳とみえて、喬国老は、桃のような血色を見せながら、眼をまろくした。 「しかし、それは...
一 この年四月頃から蜀帝玄徳は永安宮の客地に病んで、病状日々に篤かった。 「いまは何刻か?」 枕前の燭を剪っていた寝ずの宿直や典医が、 「お目ざめでいられますか。いまは三更でございます」と、奏した。 白々と耀き...
一 長安に還ると、司馬懿は、帝曹叡にまみえて、直ちに奏した。 「隴西諸郡の敵はことごとく掃討しましたが、蜀の兵馬はなお漢中に留っています。必ずしもこれで魏の安泰が確保されたものとはいえません。故にもし臣をして、さらにそれを期せ...
一 旌旗色なく、人馬声なく、蜀山の羊腸たる道を哀々と行くものは、五丈原頭のうらみを霊車に駕して、空しく成都へ帰る蜀軍の列だった。 「ゆくてに煙が望まれる。……この山中に不審なことだ。誰か見てこい」 楊儀、姜維の両将は、物...
一 それよりも前に、天水郡の太守馬遵は、宿将重臣を集めて、隣郡の救援について、議するところがあった。 主記の梁虔がその時云った。 「夏侯駙馬は、魏の金枝玉葉。すぐ隣にありながら、南安の危急を救わなかったとあれば、後に必ず...
一 樊城は包囲された。弱敵に囲まれたのとちがい、名だたる関羽とその精鋭な軍に包囲されたのであるから、落城の運命は、当然に迫った。 (――急遽、来援を乞う) との早馬は、魏王宮中を大いに憂えさせた。曹操は評議の席にのぞむと...
一 その日の戦いは、董卓の大敗に帰してしまった。 呂布の勇猛には、それに当る者もなかった。丁原も、十方に馬を躍らせて、董卓軍を蹴ちらし、大将董卓のすがたを乱軍の中に見かけると、 「簒逆の賊、これにありしか」と、馳け迫って...
一 喪旗を垂れ、柩をのせた船は、哀々たる弔笛を流しながら、夜航して巴丘を出て、呉へ下って行った。 「なに、周瑜が死んだと?」 孫権は、彼の遺書を手にするまで、信じなかった。いや信じたくなかった。 周瑜の遺書には、 ...
一 孔明は成都に還ると、すぐ参内して、天機を奉伺し、帝劉禅へこう奏した。 「いったい如何なる大事が出来て、かくにわかに、臣をお召し還し遊ばされましたか」 もとより何の根拠もないことなので、帝はただうつ向いておられたが、や...
一 魏の大軍が呉へ押襲せてくるとの飛報は、噂だけにとどまった。 嘘でもなかったが、早耳の誤報だったのである。 この冬を期して、曹操が宿望の呉国討伐を果たそうとしたのは事実で、すでに南下の大部隊を編制し、各部の諸大将の任...
一 魏は渭水を前に。蜀は祁山をうしろに。――対陣のまま秋に入った。 「曹真の病は重態とみえる……」 一日、孔明は敵のほうをながめて呟いた。 斜谷から敗退以後、魏の大都督曹真が病に籠るとの風説はかねて伝わっていたが、...
一 孔明還る、丞相還る。 成都の上下は、沸き返るような歓呼だった。後主劉禅にも、その日、鸞駕に召されて、宮門三十里の外まで、孔明と三軍を迎えに出られた。 帝の鸞駕を拝すや、孔明は車から跳びおりて、 「畏れ多い」と、...
一 この時の会戦では、司馬懿は全く一敗地にまみれ去ったものといえる。魏軍の損害もまたおびただしい。以来、渭水の陣営は、内に深く守って、ふたたび鳴りをひそめてしまった。 孔明は、拠るところの祁山へ兵を収めたが、勝ち軍に驕るなか...
一 ――それより前に。 張飛の首を船底に隠して、蜀の上流から千里を一帆に逃げ降った范疆、張達のふたりは、その後、呉の都建業に来て、張飛の首を孫権に献じ、今後の随身と忠節を誓ったあげく、 「蜀軍七十余万が、近く呉に向って襲...
一 街は戸ごとに燈火をつらね、諸門の陣々も篝に染まり、人の寄るところ、家のあるところ、五彩の燈にいろどられているため、こよい正月十五日の夜、天上一輪の月は、なおさら美しく見えた。 王必の営中では、宵の口から酒宴がひらかれ、将...
一 何進の幕将で中軍の校尉袁紹は、何進の首を抱いて、 「おのれ」と、青鎖門を睨んだ。 同じ何進の部下、呉匡も、 「おぼえていろ」と、怒髪を逆だて、宮門に火を放つと五百の精兵を駆って、なだれこんだ。 「十常侍をみな...
一 楊奉の部下が、 「徐晃が今、自分の幕舎へ、敵方の者をひき入れて何か密談しています」 と、彼の耳へ密告した。 楊奉は、たちまち疑って、 「引っ捕えて糺せ」と、数十騎を向けて、徐晃の幕舎をつつみかけた。すると、...
一 禁苑の禽は啼いても、帝はお笑いにならない。 簾前に花は咲いても、帝のお唇は憂いをとじて語ろうともせぬ。 きょうも終日、帝は、禁中のご座所に、物思わしく暮しておわした。 三名の侍女が夕べの燭を点じて去る。 ...