一 董承に対面を強いて、客堂で出会うとすぐに曹操は彼にただした。 「国舅のお手もとへは、予から出した招待の信箋が届かなかったであろうか」 「いや、ご書箋はいただいたが、折返して不参のおもむきを、書面でお断り申しあげてある」...
一 出稼ぎの遠征軍は、風のままにうごく。蝗のように移動してゆく。 近頃、風のたよりに聞くと、曹操の古巣の兗州には、呂布の配下の薛蘭と李封という二将がたて籠っているが、軍紀はすこぶるみだれ兵隊は城下で掠奪や悪事ばかり働いている...
一 遷都以後、日を経るに従って、長安の都は、おいおいに王城街の繁華を呈し、秩序も大いにあらたまって来た。 董卓の豪勢なることは、ここへ遷ってからも、相変らずだった。 彼は、天子を擁して、天子の後見をもって任じ、位は諸大...
一 黄河をわたり、河北の野遠く、袁紹の使いは、曹操から莫大な兵糧軍需品を、蜿蜒数百頭の馬輛に積載して帰って行った。 やがて、曹操の返書も、使者の手から、袁紹の手にとどいた。 袁紹のよろこび方は絶大なものだった。それも道...
一 かねて董承に一味して、義盟に名をつらねていた西涼の太守馬騰も、玄徳が都を脱出してしまったので、 「前途はなお遼遠――」 と見たか、本国に胡族の襲来があればと触れて、にわかに、西涼へさして帰った。 時しも建安四年...
一 魏では、その年の建安二十五年を、延康元年と改めた。 また夏の六月には、魏王曹丕の巡遊が実現された。亡父曹操の郷里、沛の譙県を訪れて、先祖の墳を祭らんと沙汰し、供には文武の百官を伴い、護衛には精兵三十万を従えた。 沿...
一 「袁術先生、予のてがみを読んで、どんな顔をしたろう」 淮南の使いを追い返したあとで、孫策はひとりおかしがっていた。 しかし、また一方、 「かならず怒り立って、攻め襲うて来るにちがいない」 とも思われたので、...
一 昼は人目につく。 董承は或る夜ひそかに、密詔をふところに秘めて頭巾に面をかくして、 「風雅の友が秦代の名硯を手に入れたので、詩会を催すというから、こよいは一人で行ってくる」 と、家人にさえ打明けず、ただ一人驢に...
一 その後、日を経て、董卓の病もすっかりよくなった。 彼はまた、その肥大強健な体に驕るかのように、日夜貂蝉と遊楽して、帳裡の痴夢に飽くことを知らなかった。 呂布も、その後は、以前よりはやや無口にはなったが、日々精勤して...
一 曹操は、さらにこう奏上して、帝に誓った。 「生を国土にうけ、生を国恩に報ぜんとは、臣が日頃から抱いていた志です。今日、選ばれて、殿階の下に召され、大命を拝受するとは、本望これに越したことはありません。――不肖、旗下の精兵二...
一 劉岱、王忠は、やがて許都へたち還ると、すぐ曹操にまみえて、こう伏答した。 「玄徳にはなんの野心もありません。ひたすら朝廷をうやまい、丞相にも服しております。のみならず土地の民望は篤く、よく将士を用い、敵のわれわれに対してす...
一 まだ若い廃帝は、明け暮れ泣いてばかりいる母の何太后と共に、永安宮の幽居に深く閉じこめられたまま、春をむなしく、月にも花にも、ただ悲しみを誘わるるばかりだった。 董卓は、そこの衛兵に、 「監視を怠るな」と厳命しておいた...
一 義はあっても、官爵はない。勇はあっても、官旗を持たない。そのために玄徳の軍は、どこまでも、私兵としか扱われなかった。 (よく戦ってくれた)と、恩賞の沙汰か、ねぎらいの言葉でもあるかと思いのほか、休むいとまもなく、(ここはも...
一 「ああ危なかった」 虎口をのがれたような心地を抱えて、董承はわが邸へいそいだ。 帰るとすぐ、彼は一室に閉じこもって、御衣と玉帯をあらためてみた。 「はてな。何物もないが?」 なお、御衣を振い、玉帯の裏表を調...
天颷 一 董太師、郿塢へ還る。――と聞えたので、長安の大道は、拝跪する市民と、それを送る朝野の貴人で埋まっていた。 呂布は、家にあったが、 「はてな?」 窓を排して、街の空をながめていた。 「今日は、日も吉い...
一 「ここは奥書院、俗吏は出入りしませんから、しばし静談しましょう。さあ、お着席ください」 楊修は、張松へ座をすすめ、自ら茶を煮て、遠来の労を慰めた。 「蜀道は天下の嶮岨とうけたまわる。都まで来るには、ひとかたならぬご辛苦...
一 一銭を盗めば賊といわれるが、一国を奪れば、英雄と称せられる。 当時、長安の中央政府もいいかげんなものに違いなかったが、世の中の毀誉褒貶もまたおかしなものである。 曹操は、自分の根城だった兗州を失地し、その上、いなご...
一 「呉の孫堅が討たれた」 耳から耳へ。 やがて長安(陝西省・西安)の都へその報は旋風のように聞えてきた。 董卓は、手を打って、 「わが病の一つは、これで除かれたというものだ。彼の嫡男孫策はまだ幼年だし……」 ...
一 幾日かをおいて、玄徳は、きょうは先日の青梅の招きのお礼に相府へ参る、車のしたくをせよと命じた。 関羽、張飛は口をそろえて、 「曹操の心根には、なにがひそんでいるか知れたものではない。才長けた奸雄の兇門へは、こっちから...
天颷 一 董太師、郿塢へ還る。――と聞えたので、長安の大道は、拝跪する市民と、それを送る朝野の貴人で埋まっていた。 呂布は、家にあったが、 「はてな?」 窓を排して、街の空をながめていた。 「今日は、日も吉い...
一 魏の兵が大勢して仔馬のごとく草原に寝ころんでいた。 一年中で一番季節のよい涼秋八月の夜を楽しんでいるのだった。 そのうちに一人の兵が不意に、あっといった。 「やっ。何だろう?」 また、ひとりが指さし、その...
一 龐統はその日から、副軍師中郎将に任ぜられた。 総軍の司令を兼ね、最高参謀府にあって、軍師孔明の片腕にもなるべき重職についたわけである。 建安十六年の初夏の頃。 魏の都へ向って、早馬を飛ばした細作(諜報員)は、...
一 壮図むなしく曹丕が引き揚げてから数日の後、淮河一帯をながめると縹渺として見渡すかぎりのものは、焼け野原となった両岸の芦萱と、燃え沈んだ巨船や小艇の残骸と、そして油ぎった水面になお限りなく漂っている魏兵の死骸だけであった。 ...
一 建安十六年冬十二月。ようやくにして玄徳は蜀へ入った。国境にかかると、 「主人の命によって、これまでお迎えに出た者です」 と、道のかたわらに四千余騎が出迎えていた。将の名を問えば、 「孟達です」 と、ことば短...
一 漢中の境を防ぐため、大軍を送りだした後も、曹操は何となく、安からぬものを抱いていた。 管輅の予言に。――明春早々、都のうちに、火の災いあらん――とあるそのことだった。 「都というからには、もちろん、この鄴都ではあるま...