冒頭 諸葛恪(しょかつかく)とは、呉の孫権のもとで皇太子孫登の補佐役に任じられた、諸葛瑾の子で、諸葛孔明の甥にあたる人物です。嫡子孫登の輔育の任として「太子左輔」に据えられたことが示されます。 生涯 孫権が皇帝を僭称...
冒頭 孫亮(そんりょう)とは、呉の皇帝・孫権の子で、幼少で帝位についた呉の君主です。孫権の皇帝即位に伴い、嫡子の孫登が皇太子とされ、その輔育に諸葛瑾の子・諸葛恪が太子左輔に任じられるなど、呉の後継体制が整えられていく流れの延長...
孫権(そんけん)、字は仲謀(ちゅうぼう)とは 孫権は、三国時代の呉の初代皇帝であり、孫堅の次男、孫策の弟にあたる。字(あざな)は仲謀。長江流域を支配し、呉の基盤を固めた名君として知られる。 生涯 孫権は182年に生ま...
一 蜀魏両国の消耗をよろこんで、その大戦のいよいよ長くいよいよ酷烈になるのを希っていたのは、いうまでもなく呉であった。 この時に当って、呉王孫権は、宿年の野望をついに表面にした。すなわち彼もまた、魏や蜀にならって、皇帝を僭称...