冒頭 軍法(ぐんぽう)とは、軍隊の行動を統制し、命令違反や掠奪などの罪を裁くための規律や刑罰の体系です。戦場では迅速な統率が必要なため、軍法はしばしば斬罪などの重罰をともない、全軍の秩序維持と指揮権の権威づけに用いられます。 ...
冒頭 轅門(えんもん)とは、軍営の出入口に設けられる陣門のことで、もとは戦車の轅を組んで門形にしたことに由来するとされる呼称です。軍の内外を画す境界であると同時に、将帥の権威を示す儀礼・軍法の場にもなります。 概要 ...
一 江南江東八十一州は、今や、時代の人、孫策の治めるところとなった。兵は強く、地味は肥沃、文化は溌剌と清新を呈してきて、 小覇王孫郎 の位置は、確固たるものになった。 諸将を分けて、各地の要害を守らせる一方、ひろ...
一 夜靄は深くたれこめていた。二十余艘の兵船は、おのおの、纜から纜を一聯に長くつなぎ合い、徐々と北方へ向って、遡航していた。 「とんと、分りません」 「何がです」 「この船団の目的と、先生の心持が」 「は、は、は。...
一 洛陽の余燼も、ようやく熄んだ。 帝と皇弟の車駕も、かくて無事に宮門へ還幸になった。 何太后は、帝を迎えると、 「おお」 と、共に相擁したまま、しばらくは嗚咽にむせんでいた。 そして太后はすぐ、 ...
一 自国の苦しいときは敵国もまた自国と同じ程度に、或いはより以上、苦しい局面にあるという観察は、たいがいな場合まず過りのないものである。 その前後、魏都洛陽は、蜀軍の内容よりは、もっと深刻な危局に立っていた。 それは、...
一 一羽の猛鷲が、翼をおさめて、山上の岩石からじっと、大地の雲霧をながめている。―― 遠方から望むと、孤将、関羽のすがたはそんなふうに見えた。 「お待たせいたしました」 張遼はふたたびそこへ息をきって登ってきた。そ...
一 長安に還ると、司馬懿は、帝曹叡にまみえて、直ちに奏した。 「隴西諸郡の敵はことごとく掃討しましたが、蜀の兵馬はなお漢中に留っています。必ずしもこれで魏の安泰が確保されたものとはいえません。故にもし臣をして、さらにそれを期せ...
一 敗戦の責任を問われるものと察して、蔡瑁、張允の二人は、はや顔色もなかった。 恟々として、曹操の前へすすみ、かつ百拝して、このたびの不覚を陳謝した。 曹操は、厳として云った。 「過ぎ去った愚痴を聞いたり、また過去...
一 よほど打ち所が悪かったとみえる。周瑜は営中の一房に安臥しても、昏々とうめき苦しんでいる。 軍医、典薬が駈けつけて、極力、看護にあたる一方、急使は、呉の主孫権の方へこの旨を報らせに飛ぶ。 「奇禍に遭って、都督の病は重態...
一 槍の先に、何やら白い布をくくりつけ、それを振りながらまっしぐらに駈けてくる敵将を見、曹操の兵は、 「待てっ、何者だ」と、たちまち捕えて、姓名や目的を詰問した。 「わしは、曹丞相の旧友だ。南陽の許攸といえば、きっと覚えて...
一 「――そんな筈はないが?」 と孟獲は疑ったが、夜になると土人が、忙牙長の首を拾って届けてきた。 彼は、日夜離したことのない杯をほうり捨てた。 「やい。誰か行って、この仇を取ってこい。忙牙長に代って、馬岱の首を討っ...
一 数日の後。 水軍の総大将毛玠、于禁のふたりが、曹操の前へ来て、謹んで告げた。 「江湾の兵船は、すべて五十艘六十艘とことごとく鎖をもって連ね、ご命令どおり連環の排列を成し終りましたれば、いつご戦端をおひらきあるとも、万...
一 本来、この席へ招かれていいわけであるが、孔明には、玄徳が来たことすら、聞かされていないのである。 以て、周瑜の心に、何がひそんでいるか、察することができる。 「……?」 帳の外から宴席の模様をうかがっていた孔明...
一 曹操は、侍者に起されて、暁の寒い眠りをさました。夜はまだ明けたばかりの頃である。 「何か」と、帳を払って出ると、 「城中より侯成という大将が降を乞うて出で、丞相に謁を賜りたいと陣門にひかえております」 と、侍者は...
一 魏ではこのところ、ふたりの重臣を相次いで失った。大司馬曹仁と謀士賈詡の病死である。いずれも大きな国家的損失であった。 「呉が蜀と同盟を結びました」 折も折、侍中辛毘からこう聞かされたとき、皇帝曹丕は、 「まちがい...
一 一方、孫乾は油江口にある味方の陣に帰ると、すぐ玄徳に、帰りを告げて、 「いずれ周瑜が自身で答礼に参るといっておりました」と、話した。 玄徳は、孔明と顔見合わせて、 「これほどな儀礼に、周瑜が自身で答礼に来るという...
一 次の日、陳珪は、また静かに、病床に横臥していたが、つらつら険悪な世上のうごきを考えると小沛にいる劉玄徳の位置は、実に危険なものに思われてならなかった。 「呂布は前門の虎だし、袁術は後門の狼にも等しい。その二人に挟まれていて...