冒頭 武安国(ぶあんこく)とは、北海の太守・孔融の身内として諸侯連合軍に加わり、虎牢関付近の戦いで呂布に挑んだとされる豪力の武人です。 生涯 董卓軍の要害虎牢関をめぐる会戦で、呂布が連合軍諸将を圧倒する局面において、...
冒頭 北海(ほっかい)とは、後漢末の中国で青州に属した郡名で、吉川英治『三国志』では山東省・寿光県に比定される地域として示され、孔融が太守として治める地として登場する土地です。 概要 作中の北海は、孔融の根拠地として...
孔融(こうゆう)とは 後漢末の政治家・文人。字は文挙(ぶんきょ)。孔子二十世の子孫として知られ、清廉な人格と文才を備えた人物。三国志の中では、後漢王朝に忠を尽くした名士として登場する。 生涯 若い頃から才知と気骨を備...
一 亡国の最後をかざる忠臣ほど、あわれにも悲壮なものはない。 審配の忠烈な死は、いたく曹操の心を打った。 「せめて、故主の城址に、その屍でも葬ってやろう」 冀州の城北に、墳を建て、彼は手厚く祠られた。 建安九...
一 さて。――日も経て。 曹操はようやく父のいる郷土まで行き着いた。 そこは河南の陳留(開封の東南)と呼ぶ地方である。沃土は広く豊饒であった。南方の文化は北部の重厚とちがって進取的であり、人は敏活で機智の眼がするどく働...
一 ――華雄討たれたり ――華雄軍崩れたり 敗報の早馬は、洛陽をおどろかせた。李粛は、仰天して、董相国に急を告げた。董卓も、色を失っていた。 「味方は、どう崩れたのだ」 「汜水関に逃げ帰っています」 「関を...
一 その頃、北海(山東省・寿光県)の太守孔融は、将軍に任命されて、都に逗留していたが、河北の大軍が、黎陽まで進出してきたと聞いて、すぐさま相府に馳けつけ、曹操に謁して、こう直言した。 「袁紹とは決して軽々しく戦えません。多少は...
一 諸州の浪人の間で、 「近ごろ兗州の曹操は、頻りと賢を招き、士を募って、有能の士には好遇を与えるというじゃないか」と、もっぱら評判であった。 聞きつたえて、兗州(山東省西南部)へ志してゆく勇士や学者が多かった。 ...