孔融

孔融(こうゆう)とは
後漢末の政治家・文人。字は文挙(ぶんきょ)。孔子二十世の子孫として知られ、清廉な人格と文才を備えた人物。三国志の中では、後漢王朝に忠を尽くした名士として登場する。
 
生涯
若い頃から才知と気骨を備え、「神童」と呼ばれた。後に北海相(山東省一帯の長官)として黄巾賊を討伐し、民を救った功績がある。文人としても名高く、建安七子の一人に数えられる。曹操が政権を握ると、孔融はその独裁を激しく批判したため疎まれ、建安十三年(208年)に罪をでっちあげられて一族とともに処刑された。
 
人物
剛直で義理堅い性格で、権力に屈しない清廉な人物像が伝わる。また、詩文の才能にも優れ、建安文学の礎を築いた文化人でもあった。
 
関連する人物
孔子(先祖。孔融はその二十世の子孫とされる)
曹操(当初は協力関係にあったが、のちに反目し処刑された)
建安七子王粲陳琳・徐幹・阮瑀・応瑒・劉楨と並ぶ文人仲間)
 
有名なエピソード
孔融は幼少期、梨を分け与える際に自分は小さい方を選んだ。この故事は「孔融譲梨(こうゆうじょうり)」として語り継がれ、謙譲の美徳を象徴する逸話となった。
 
吉川英治三国志』での扱い
吉川版『三国志』では、孔子の末裔としての威厳と、曹操の独裁に立ち向かう気骨ある名士として描かれる。悲劇的な最期は、後漢王朝の衰退と名士文化の没落を象徴する場面の一つとなっている。
「孔融」の基本情報
総登場回数
25回
活動期間
3巻にわたって登場
初回登場
群星の巻
最終登場
赤壁の巻
最も活躍した巻
臣道の巻 (11回登場)
「孔融」登場回数
合計: 25回
0 2 5 8 11 0 桃園の巻 4 群星の巻 0 草莽の巻 11 臣道の巻 0 孔明の巻 10 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約1ヶ月前