冒頭 文鴦(ぶんおう)とは、魏から西晋へ移る動乱期に活躍した武将で、勇猛な突撃で名を知られた人物です。 生涯 父は魏の将・文欽で、司馬氏(司馬師・司馬昭)が実権を強めるなかで起きた寿春方面の反乱に連座して戦場に立った...
冒頭 司馬師(しばし)とは魏の司馬懿(仲達)の長子で、弟の司馬昭とともに父に随って軍事に参与する人物です。郷里の宛城で隠棲する父に仕えつつ、朝廷の動きや戦局を先んじて察し、父の出廬を予見する言動も見せます。 生涯 吉...
冒頭 司馬昭(しばしょう)とは、魏の重臣・司馬懿(仲達)の次男で、兄の司馬師とともに父の麾下で行動し、魏軍の対蜀作戦に従って名を見せる人物です。司馬懿が宛城で閑居していた時期、師・昭の兄弟は父に近侍し、兵書に通じた胆大智密の若...
冒頭 鍾会(しょうかい)とは、三国時代末期の魏に仕え、司馬氏政権下で軍事・政務の両面に関与した官僚・将軍です。 生涯 名門の家柄に生まれ、文章と政務能力で頭角を現し、司馬師・司馬昭の政権を支える中枢に列しました。のち...
一 魏軍の一部は、次の日も出撃を試みた。その日も若干の戦果を挙げた。 以来、機をうかがっては、出撃を敢行するたびに、諸将それぞれ功を獲た。その多くは、葫芦の口へ兵糧を運んでゆく蜀勢を襲撃したもので、糧米、輸車、そのほかの鹵獲...
一 呉は、たちまち出て、たちまち退いた。呉の総退却は、呉の弱さではなく、呉の国策であったといってよい。 なぜならば、呉は、自国が積極的に戦争へ突入する意志をもともと持っていないのである。蜀をして魏の頸を咬ませ、魏をして蜀の喉...
一 一夜、司馬懿は、天文を観て、愕然とし、また歓喜してさけんだ。 「――孔明は死んだ!」 彼はすぐ左右の将にも、ふたりの息子にも、昂奮して語った。 「いま、北斗を見るに、大なる一星は、昏々と光をかくし、七星の座は崩れ...
一 「それがしは、魏の部将鄭文という者です。丞相に謁してお願いしたいことがある」 ある日、蜀の陣へ来て、こういう者があった。 孔明が対面して、 「何事か」 と、質すと、鄭文は拝伏して、 「降参を容れていただ...
一 司馬懿仲達軍のこのときの行軍は、二日行程の道のりを一日に進んで行ったというから、何にしても非常に迅速なものだったにちがいない。 しかも仲達は、これに先だって、参軍の梁畿という者に命じ、数多の第五部隊を用いて、新城付近へ潜...
一 渭水の早馬は櫛の歯をひくように洛陽へ急を告げた。 そのことごとくが敗報である。 魏帝曹叡は、色を失い、群臣を会して、誰かいま国を救う者はなきや、と憂いにみちて云った。 華歆が奏した。 「この上は、ただ帝み...