冒頭 楊密(ようみつ)とは、後漢末の長安政権下で中郎将として名が見える武官です。李傕・郭汜ら軍閥が朝廷を擁して争う混乱期に、郭汜の陣中に近い立場から諫言を行った人物として描かれます。 生涯 作中での楊密は、楊彪ら朝臣...
冒頭 東門(とうもん)とは、城郭都市や官衙の囲いに設けられた門のうち、東側に開く出入口です。 概要 後漢末の都市は城壁と複数の城門を備え、門は交通の結節点であると同時に、防衛線としても機能しました。東門は方位で識別さ...
冒頭 河南尹(かなんいん)とは、後漢王朝の首都洛陽周辺を管轄した河南郡の行政長官で、都城の治安・司法・租税など広い政務を担う官職です。将軍号などの武官職と併せて任じられることもあり、中央に近い要地の長官として重い権限を持ちまし...
冒頭 討伐大将軍(とうばつだいしょうぐん)とは、朝廷が大規模な賊徒・反乱勢力の鎮圧を目的に、討伐軍の指揮権を与えるため任じた「討伐のための大将軍」格の軍事職名です。吉川英治『三国志』では、黄巾賊の大方張角らを討つ官軍の側に用い...
冒頭 趙弘(ちょうこう)とは、黄巾の乱後も各地に残った黄巾残党の賊将の一人で、宛城に拠って官軍と戦った人物です。 生涯 朱雋の軍が宛城へ迫った際、趙弘は孫仲・韓忠と並ぶ「三賊将」として城内に立て籠もり、包囲下でも城門...
冒頭 孫仲(そんちゅう)とは、黄巾の乱の残党として南陽方面で蜂起を続けた賊軍の将で、韓忠・趙弘と並んで官軍に追討された人物です。 生涯 朱雋の官軍が陽城を落として与党の掃討を進めると、孫仲は韓忠・趙弘とともに宛城に立...
冒頭 厳政(げんせい)とは、黄巾の乱のさなか官軍に包囲された城内にいた黄巾賊の一人で、情勢を見て官軍側に内通し、賊将の首を手土産に降った人物です。 生涯 吉川英治『三国志』では、朱雋ら官軍が攻城戦を続ける局面で名が現...
冒頭 鉄門峡(てつもんきょう)とは、山々が峡道の両側に鉄の門のようにそびえ立ち、通路が一筋に絞られる険しい峡谷の要害です。作中では黄巾賊の張宝が山谷の奥に拠って官軍の進撃を阻む地点として示されます。 概要 寄手にとっ...
冒頭 南門(なんもん)とは、城郭都市や要塞化した城の城壁に設けられる南側の出入口で、攻城戦・防衛戦・退却路のいずれにおいても要点となる城門です。四方に門を持つ城では、北門・東門・西門と並ぶ基本区画の一つとして扱われます。 概...
冒頭 黄巾軍(こうきんぐん)とは、後漢末に張角三兄弟を中心として各地の民衆を糾合し、黄色い頭巾や黄旗を標識として蜂起した反乱勢力です。張角が結髪を黄色い巾で包んだ風が党内に広まり、いつしか徽章となった由来が語られます 概要 ...
冒頭 黄巾の乱(こうきんのらん)とは、後漢末に張角三兄弟を首魁として起こった大規模な反乱で、宗教的結社を基盤に各州へ急速に拡大し、朝廷の権威と地方秩序を動揺させた内乱です。張角は「大賢良師」と称され、党徒は結髪に黄色い巾を巻く...
韓忠(かんちゅう)とは 韓忠は、後漢末期の黄巾賊の将の一人である。黄巾討伐戦で官軍と戦った人物。 生涯 韓忠は黄巾の乱において張角の配下として活動し、各地で蜂起した賊軍の将帥の一人に数えられる。官軍との戦いで討伐対象...
陽城(ようじょう)とは 陽城は、後漢から三国時代にかけて存在した地名で、現在の中国河南省登封市一帯にあたる。中原の南部に位置し、戦乱の時代には戦略上の一地点として登場する。 歴史的背景 陽城は河南の中部に属し、洛陽か...
朱雋(しゅしゅん)とは 朱雋は、後漢末期の武将で、黄巾の乱において官軍を率いた将軍の一人である。史実でも登場する人物であり、『三国志』(陳寿著)にも記録が残る。 生涯 朱雋は後漢の武将として官に仕え、黄巾の乱が起こる...
一 潁川の地へ行きついてみると、そこにはすでに官軍の一部隊しか残っていなかった。大将軍の朱雋も皇甫嵩も、賊軍を追いせばめて、遠く河南の曲陽や宛城方面へ移駐しているとのことであった。 「さしも旺だった黄巾賊の勢力も、洛陽の派遣軍...
一 義はあっても、官爵はない。勇はあっても、官旗を持たない。そのために玄徳の軍は、どこまでも、私兵としか扱われなかった。 (よく戦ってくれた)と、恩賞の沙汰か、ねぎらいの言葉でもあるかと思いのほか、休むいとまもなく、(ここはも...
一 一銭を盗めば賊といわれるが、一国を奪れば、英雄と称せられる。 当時、長安の中央政府もいいかげんなものに違いなかったが、世の中の毀誉褒貶もまたおかしなものである。 曹操は、自分の根城だった兗州を失地し、その上、いなご...
一 それより前に、関羽は、玄徳の書をたずさえて、幽州涿郡(河北省・涿県)の大守劉焉のもとへ使いしていた。 太守劉焉は、何事かと、関羽を城館に入れて、庁堂で接見した。 関羽は、礼をほどこして後、 「太守には今、士を四...
一 「なに、無条件で和睦せよと。ばかをいい給え」 郭汜は、耳もかさない。 それのみか、不意に、兵に令を下して、楊彪について来た大臣以下宮人など、六十余人の者を一からげに縛ってしまった。 「これは乱暴だ。和議の媒介に参...
一 時は、中平六年の夏だった。 洛陽宮のうちに、霊帝は重い病にかかられた。 帝は病の篤きを知られたか、 「何進をよべ」 と、病褥から仰せ出された。 大将軍何進は、すぐ参内した。何進はもと牛や豚を屠殺して...
一 「劉氏。もし、劉氏ではありませんか」 誰か呼びかける人があった。 その日、劉玄徳は、朱雋の官邸を訪ねることがあって、王城内の禁門の辺りを歩いていた。 振向いてみると、それは郎中張均であった。張均は今、参内すると...