冒頭 太傅(たいふ)とは、後漢から三国時代にかけて置かれた高位の文官職で、君主や皇太子を補佐し、政治上の助言や儀礼上の監督を担う地位です。吉川三国志では、劉備が漢中王に即いた際に嫡子劉禅の教育・補佐役として許靖が太傅に任ぜられ...
袁隗(えんかい)とは 後漢末の名族・袁氏の一人で、袁紹や袁術の大叔父にあたる人物。後漢末期の混乱期に司空などの高官を歴任した。 生涯 袁隗は四世三公(四代にわたり三公を輩出した名門)として知られる汝南袁氏の出身。霊帝...
一 その日の戦いは、董卓の大敗に帰してしまった。 呂布の勇猛には、それに当る者もなかった。丁原も、十方に馬を躍らせて、董卓軍を蹴ちらし、大将董卓のすがたを乱軍の中に見かけると、 「簒逆の賊、これにありしか」と、馳け迫って...
一 ――華雄討たれたり ――華雄軍崩れたり 敗報の早馬は、洛陽をおどろかせた。李粛は、仰天して、董相国に急を告げた。董卓も、色を失っていた。 「味方は、どう崩れたのだ」 「汜水関に逃げ帰っています」 「関を...