冒頭 郿塢街道(びうかいどう)とは、長安周辺から郿塢へ通じる街道を指す作中用語です。禁中の混乱のさなか、献帝と皇后を載せた輦が「郿塢街道のほうへ」急行したと記され、宮城・長安と郿塢を結ぶ移動路として扱われます。 概要 ...
冒頭 李暹(りせん)とは、長安の混乱期に李傕(りかく)一派に属し、献帝と皇后の身柄を押さえて政局の主導権を握ろうとした武人です。李傕側の人物として「李司馬の甥」とも記されます。 生涯 李傕・郭汜(かくし)が長安で争っ...
冒頭 偽勅使(にせちょくし)とは、皇帝の詔を奉じて派遣される勅使を装い、偽の詔書や口宣をもって相手を誘導するために立てられる使者です。 概要 勅使は本来、天子の権威を体現する存在であり、その来訪は命令・恩賞・任命など...
冒頭 董卓誅殺(とうたくちゅうさつ)とは、後漢末に専横した董卓が、王允らの計画と呂布らの実行によって宮廷近くで殺害された事件です。呂布は「勅命によって逆賊董卓を討つ」と称して董卓を斬り、董卓の首は李粛が打ち落して掲げられたとさ...
冒頭 偽勅(ぎちょく)とは、天子の勅命や詔と称しながら、実際には当人の意思によらずに作られた偽りの命令文書、またはその権威を装った命令のことです。 概要 吉川英治『三国志』では、宮廷権力を動かすための策謀として偽勅が...
冒頭 郿塢山(びうざん)とは、長安から百余里の郊外にある「郿塢(びう)」一帯を指して呼ばれる地名で、董卓が別荘兼の堅城として大規模に築城し、兵糧・財宝・後宮を集積した拠点です。 概要 吉川三国志では郿塢は「山紫水明の地」とさ...
冒頭 董太師(とうたいし)とは、後漢末に「太師」の官位にあって朝廷を圧し、長安政権の実権を握った董卓(とうたく)を、作中で呼ぶ敬称です。王允(おういん)が「巳の刻に、董太師がお越しになる」と来訪を告げるように、外形上は国家の元...
冒頭 郿塢城(びうじょう)とは、後漢末に董卓が長安から百余里の郿塢に築いた大城郭で、政権の中枢である長安とは別に、一族の居所と退避拠点、ならびに財貨と兵糧の集積地として構想された城です。 概要 吉川英治『三国志』では...
郭汜(かくし)とは、後漢末の群雄の一人で、董卓死後に李傕と結び長安の朝廷を壟断し、献帝を脅しながら権勢をふるった武将です。長安支配ののち李傕と不和に陥り、天子をめぐって争奪・和睦・離反を繰り返す混乱の中心人物として描かれます。 生涯...
一 その後、日を経て、董卓の病もすっかりよくなった。 彼はまた、その肥大強健な体に驕るかのように、日夜貂蝉と遊楽して、帳裡の痴夢に飽くことを知らなかった。 呂布も、その後は、以前よりはやや無口にはなったが、日々精勤して...
天颷 一 董太師、郿塢へ還る。――と聞えたので、長安の大道は、拝跪する市民と、それを送る朝野の貴人で埋まっていた。 呂布は、家にあったが、 「はてな?」 窓を排して、街の空をながめていた。 「今日は、日も吉い...
一 一銭を盗めば賊といわれるが、一国を奪れば、英雄と称せられる。 当時、長安の中央政府もいいかげんなものに違いなかったが、世の中の毀誉褒貶もまたおかしなものである。 曹操は、自分の根城だった兗州を失地し、その上、いなご...
一 「呉の孫堅が討たれた」 耳から耳へ。 やがて長安(陝西省・西安)の都へその報は旋風のように聞えてきた。 董卓は、手を打って、 「わが病の一つは、これで除かれたというものだ。彼の嫡男孫策はまだ幼年だし……」 ...
天颷 一 董太師、郿塢へ還る。――と聞えたので、長安の大道は、拝跪する市民と、それを送る朝野の貴人で埋まっていた。 呂布は、家にあったが、 「はてな?」 窓を排して、街の空をながめていた。 「今日は、日も吉い...
一 西涼(甘粛省・蘭州)の地方におびただしい敗兵が流れこんだ。 郿塢の城から敗走した大軍だった。 董卓の旧臣で、その四大将といわれる李傕、張済、郭汜、樊稠などは、連名して、使者を長安に上せ、 「伏して、赦を乞う」 ...
一 王允は、一家を挙げて、彼のためにもてなした。 善美の饗膳を前に、呂布は、手に玉杯をあげながら主人へ云った。 「自分は、董太師に仕える一将にすぎない。あなたは朝廷の大臣で、しかも名望ある家の主人だ。一体、なんでこんなに...