博望
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孔明は、軍師座に腰をすえ、玄徳は中央の床几に倚っていた。孔明は、厳然立ちあがって、味方の配陣を命じた。「ここ新野を去る九十里外に、博望坡の嶮がある。左に山あり、予山という。右に林あり、安林という。
「あれを解いてやれ」と、左右の者へ顎でいいつけ、階を上がることをゆるした。 夏侯惇は、庁上に慴伏して、問わるるまま軍の次第を報告した。「何よりの失策は、敵に火計のあることをさとらず、博望坡をこえて、渓林のあいだへ深入りしすぎた一事でございました。ために丞相の将士を数多うしない、罪万死に値します」 。「幼少より兵学を習い、今日まで幾多の戦場を往来しながら、狭道には必ず火攻めのあることぐらい気づかないで軍の指揮ができるか」 。
「この上は新野を捨てて、樊城へ避けるしかあるまい」と、いった。 ところへ、早馬が来て、城内へ告げた。曹操の大軍百万の先鋒はすでに博望坡まで迫ってきたというのである。 伊籍は倉皇と帰ってゆく。城中はすでにただならぬ非常時色に塗りつぶされた。
これに当るはみずから死を求めるのみ。これを避けるは兵家の常道であり、また百年の大志を後に期し給うからである。――とはいえ、白河の激水に、夏侯惇、曹仁の輩を奔流の計にもてあそび、博望の谿間にその先鋒を焼き爛し、わが軍としては、退くも堂々、決して醜い潰走はしていません。――ただ当陽の野においては、みじめなる離散を一時体験しましたが、これとて、新野の百姓老幼数万のものが、君の徳を慕いまいらせ、陸続ついて来たために――一日の行程わずか十里、ついに江陵に入ることができなかった結果です。それもまた主君玄...