宮城
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五。 一方。宮城内の十常侍らも、何進が諸国へ檄をとばしたり、檄に応じて董卓などが、澠池附近にまできて駐軍しているなどの大事を、知らないでいる筈はない。「さてこそ」と、彼らはあわてながらも対策を講ずるに急だった。そこで張譲らはひそかに手配にかかり、刀斧鉄弓をたずさえた禁中の兵を、嘉徳門や長楽宮の内門にまでみっしり伏せておいて、何太后をだまし何進を召すの親書を書かせた。
と、帝は皇后にいわれた。 けれど、どんな廃屋でも、御所となれば、ここは即座に禁裏であり禁門である。 緑林の親分李楽も、帝に従ってから、征北将軍といういかめしい肩書を賜わっていたので、長安や洛陽の宮城を知らない彼は、ここにいても、結構いい気持になれた。 その増長がつのって、近頃は、側臣からする上奏を待たずに、ずかずか玉座へやって来て、 。「陛下。
千余人の武士は、階下から宮門にいたるまで、戟、戈、鎗、斧などを晃々と連ねて並列していた。 この日、客館を出て、初めて宮門へ導かれた鄧芝は、至極粗末な衣冠をつけ、元来風采もあがらない男なので、供の者かと間違われるほど、威儀も作らず簡単に案内のあとからついて来た。 が、この男、呉宮城内に満つる剣槍にも、少しもおそれる色がないし、大釜に煮え立っている油の焔を見ても、ほとんど何らの感情もあらわさない。ただ、階下へ来るとニコとして、孫権の座壇を振り仰いでいた。孫権は、簾を巻かせて、見おろすや否、大喝し...