白羽
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有名なる彼の大鉞は、すでに鮮血に塗られていた。 すると、彼の前に、一輛の四輪車が、埃をあげて押し出されて来た。見ればその上に、年まだ二十八、九としか思われぬ端麗な人物が、頭に綸巾をいただき、身には鶴氅を着、手に白羽扇を持って、悠然と乗っている。――何かしらぎょッとしたものを受けたらしく、邢道栄が悍馬の脚を不意に止めると、車上の人は、手の白羽扇をあげてさしまねきながら、 。「それへ来たのは、鉞をよく振るとかいう零陵の小人か。
鄧賢は、大槍を頭上に持って、悍馬の背にのびあがった。 あわや、槍は飛んで、魏延の背を串刺しにするかと思われた。 そのとき一本の白羽箭が風を切ってどこからか飛んできた。あッと、虚空へ絶叫をあげたのは鄧賢だった。白い矢は彼の喉ぶえ深く喰いついていたのである。
しかも、南蛮征服の軍は絶対に果しておかなければ、魏呉と対しても、たえず蜀の地は、後顧の不安を絶つことができなかった。今をおいてその国患を根絶する時はないのだ。孔明は例の四輪車に乗り、白羽扇を手に持って、日々百里、また百里、見るものみな珍しい蛮土の道を蜿蜒五十万の兵とともに、果てなく歩みつづけた。 密林の猛獣も、嶮谷の鳥も、南へ南へと、逃げまわった。かくて蛮国の南夷には、 。
孟獲は悪夢の中でうなされたようにあッと叫んで引っ返しかけた。三。 四輪車の上の孔明は、綸巾をいただき鶴氅を着て、服装も常と変らず、手に白羽扇をうごかしていたが、孟獲が仰天して逃げかけるや、大いに笑って、 。「なぜ逃げる孟獲。汝はいつも捕わるるごとにいうではないか。
すると、姿を変えて探りに行った将は、ようやく四更の頃、彼の前にもどって来て、額の汗を押し拭いながら復命した。「蜀陣の旌旗は依然、粛として寸毫の惰気も見えませぬ。また、深夜というのに、孔明は素輿(白木の輿)に乗って陣中を見まわり、常のごとく、黄巾をいただき白羽扇を持ち、その出入を見るや、衆軍みな敬して、進止軍礼、一糸のみだれも見ることができません、……実に、驚きました。森厳そのものの如き軍中の規律です。近頃、孔明が病気であるというような噂が行われておりますが、おそらくあれも敵がわざといわせて...
」 。 司馬懿は、仰天した。 死せりとばかり思っていた孔明は白羽扇を持ってその上に端坐している。車を護り繞っている者は、姜維以下、手に手に鉄槍を持った十数人の大将であり、士気、旗色、どこにも陰々たる喪の影は見えなかった。「すわ、またも不覚。