蟠桃河
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だが、そこから百歩ほど歩くと這うような姿をした果樹が、背を並べて、何千坪かいちめんに揃っていた。それはみんな桃の樹であった。秋は葉も落ちて淋しいが、春の花のさかりには、この先の蟠桃河が落花で紅くなるほどだったし、桃の実は市に売り出して、村の家何軒かで分け合って、それが一年の生計の重要なものになった。「……オオ」 。 彼女は、ひとりでに出たような声をもらした。
一。 蟠桃河の水は紅くなった。両岸の桃園は紅霞をひき、夜は眉のような月が香った。 けれど、その水にも、詩を詠む人を乗せた一艘の舟もないし、杖をひいて逍遥する雅人の影もなかった。
警鼓を鳴らして、関門の上下では騒いでいたが、張飛はふりむきもせず、疾風のように馳けて行った。 五、六里も来ると、一条の河があった。蟠桃河の支流である。河向うに約五百戸ほどの村が墨のような夜靄のなかに沈んでいる。村へはいってみるとまだそう夜も更けていないので、所々の家の灯皿に薄暗い明りがゆらいでいる。
「ご丁寧に。……どうも申し遅れました。私は、楼桑村に永らく住む百姓の劉玄徳という者ですが、かねて、蟠桃河の上流の村に、醇風良俗の桃源があると聞きました。おそらく先生の高風に化されたものでありましょう。なにをいうにも、ここは路傍ですから、すぐそこの茅屋までお越しください」 。