許田
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「そうだ。ここ久しく戦に忙しく、狩猟に出たこともない。天子を許田の猟に請じて、ひとつ諸人の向背を試してみよう」 。 急に、彼は思い立った。――即ち犬や鷹の用意をして、兵を城外に調え、自身宮中に入って、帝へ奏上した。
「皇父。……御身は、朕が腹中のことを知って、そういわるるのか」 。「許田に鹿を射る事――誰か朝廷の臣として、切歯しない者がありましょう。曹操が逆意は、すでに、歴々といえまする。あの日、彼があえて、主上を僭し奉って、諸人の万歳をうけたのも、自己の勢威を衆に問い、自己の信望を試みてみた奸策にまぎれなしと、わたくしは見ておりました」 。
「時に」と、呉碩が、はなしの穂を折って、唐突に云いだした。「先ごろの御猟の日には、国舅もお供なされておりましたね」 。「むむ、許田の御猟か」 。「そうです。あの日、何かお感じになったことはございませんか」 。
「時ならぬご来駕は、何事でございますか」と、玄徳から訊ねだした。 董承はあらたまって、 。「余の儀でもありませんが、許田の御猟の折、義弟関羽どのが、すでに曹操を斬ろうとしかけたのを、あなたが、そっと眼や手をもって、押し止めておいでになったが、その仔細を伺いたいと思って参上したわけです」 。 玄徳は、色を失った。自分の予感とちがって、さては曹操の代りに、詰問に来たのかと思われたからである。
「ともあれ、一刻も早く」と、関羽の調えてくれた船に乗って、玄徳たちは危うい岸を離れた。――その船の中で、関羽は糜夫人の死を聞いて、大いに嘆きながら、 。「むかし許田の御狩に会し、それがしが曹操を刺し殺そうとしたのを、あの時、あなた様が強ってお止めにならなければ、今日、こんな難儀にはお会いなさるまいものを」 。 と、彼らしくもない愚痴をこぼすのを、玄徳はなだめて、 。「いや、あの時は、天下のために、乱を醸すまいと思い、また曹操の人物を惜しんで止めたのだが――もし天が正しきを助けるものなら...