陳留
冒頭
概要
平野部に沃土が広がる穀倉地帯として語られ、人口と物資を背景に兵站を支えうる地域とされます。
歴史
関連人物
もういいだろう」 。 董卓は、股肱の李儒に計った。それは、かねて彼の腹中にあった画策で、現在の天子を廃し、彼の見こんだ陳留王を位につけて、宮廷を私しようという大野望であった。 李儒は、よろしいでしょうと云った。時機は今です、早くおやりなさいともつけ加えた。
天日も晦く、地は燃ゆる。 女人たちの棲む後宮の悲鳴は、雲にこだまし地底まで届くようだった。 その中を、十常侍一派の張譲、段珪のふたりは、新帝と何太后と、新帝の弟にあたる協皇子――帝が即位してからは、陳留王といわれている――の三人を黒煙のうちから救け出して、北宮翡翠門からいち早く逃げ出す準備をしていた。 ところへ。 戈を引っさげ、身を鎧い、悍馬に泡を噛ませてきた一老将がある。
「さて。――いつぞやは遂に諸公のご明判を仰いで議決するまでに至らなかったが、きょうはこの盛会と吉日を卜して、過日、未解決におわった大問題をぜひ一決して、さらに盞を重ねたいと思うのであるが、諸公のお考えは如何であるか」 。 と、現皇帝の廃位と陳留王の即位推戴のことを、突然、いいだした。 熱湯が冷めたように、饗宴の席は、一時にしんとしてしまった。「…………」 。
年二十で、初めて洛陽の北都尉に任じられてから、数年のうちにその才幹は認められ、朝廷の少壮武官に列して、禁中紛乱、時局多事の中を、よく失脚もせず、いよいよその地歩を占めて、新旧勢力の大官中に伍し、いつのまにか若年ながら錚々たる朝臣の一員となっているところ、早くも凡物でない圭角は現れていた。 竹裏館の秘密会で、王允もいったとおり、彼の家柄は、元来名門であって、高祖覇業を立てて以来の――漢の丞相曹参が末孫だといわれている。 生れは沛国譙郡(安徽省・毫県)の産であるが、その父曹嵩は、宮内官たりし職...
――日も経て。 曹操はようやく父のいる郷土まで行き着いた。 そこは河南の陳留(開封の東南)と呼ぶ地方である。沃土は広く豊饒であった。南方の文化は北部の重厚とちがって進取的であり、人は敏活で機智の眼がするどく働いている。
「ちがいます――かつてなかった叛軍の大がかりな旗挙げが起りました」 。「どこに」 。「陳留を中心として」 。「では、主謀者は曹操か袁紹のやつだろう」 。「さようです。
――今にして初めて、耿武の忠諫が思いあたる」 。 と、悔いたが、時すでに遅しであった。彼は日夜、懊悩煩悶したあげく、終に陳留へ奔って、そこの太守張邈の許へ身を寄せてしまった。 一方。 北平の公孫瓚は、「かねての密約」と、これも袁紹の前言を信じて、兵を進めて来たが、冀州はもう袁紹の掌に落ちているので、弟の公孫越を使者として、 。