一 思いがけぬ孔明の言葉に、老将黄忠の忿懣はやるかたなく、色をなして孔明に迫るのだった。 「昔、廉頗は年八十に及んで、なお米一斗、肉十斤を食い、天下の諸侯、これをおそれ、あえて趙の国境を犯さなかったといいます。まして私は、未だ...
一 ここが大事だ! と龐統はひそかに警戒した。まんまと詐りおおせたと心をゆるしていると、案外、曹操はなお――間ぎわにいたるまで、こっちの肚を探ろうとしているかも知れない――と気づいたからである。 で、彼は、曹操が、 (成...
一 呉侯の妹、玄徳の夫人は、やがて呉の都へ帰った。 孫権はすぐ妹に質した。 「周善はどうしたか」 「途中、江の上で、張飛や趙雲に阻められ、斬殺されました」 「なぜ、そなたは、阿斗を抱いてこなかったのだ」 「そ...
一 長安に還ると、司馬懿は、帝曹叡にまみえて、直ちに奏した。 「隴西諸郡の敵はことごとく掃討しましたが、蜀の兵馬はなお漢中に留っています。必ずしもこれで魏の安泰が確保されたものとはいえません。故にもし臣をして、さらにそれを期せ...
一 その後すぐ呉の諜報機関は、蔡瑁、張允の二将が曹操に殺されて、敵の水軍司令部は、すっかり首脳部を入れ替えたという事実を知った。 周瑜は、それを聞いて、 「どうだ、おれの計略は、名人が弓を引いて、翊ける鳥を射的てたように...
一 太史丞の許芝は、曹操の籠る病室へ召された。 曹操は、起きていたが、以来、何となくすぐれない容態である。 「許都に、卜の上手がいたな。どうも今度の病気はちとおかしい。ひとつ卜者に見てもらおうと思うのだが」 「大王、...
一 顔良が討たれたので、顔良の司令下にあった軍隊は支離滅裂、潰走をつづけた。 後陣の支援によって、からくも頽勢をくい止めたものの、ために袁紹の本陣も、少なからぬ動揺をうけた。 「いったい、わが顔良ほどな豪傑を、たやすく討...
家宝(かほう)とは、一族や家系で代々伝えられてきた貴重な宝物や品のことを指します。三国志の物語内でも、時折、名家や武将の家に伝わる宝剣、書画、器物などが「家宝」として登場し、その家の威信や誇りの象徴となる場合があります。こうした家宝は...
一 斗酒を傾けてもなお飽かない張飛であった。こめかみの筋を太らせて、顔ばかりか眼の内まで朱くして、勅使に唾を飛ばして云った。 「いったい、朝廷の臣ばかりでなく、孔明なども実に腑抜けの旗頭だ。聞けば、孔明はこんど皇帝の補佐たる丞...
一 張飛と関羽のふたりは、殿軍となって、二千余騎を県城の外にまとめ、 「この地を去る思い出に」 とばかり、呂布の兵を踏みやぶり、その部将の魏続、宋憲などに手痛い打撃を与えて、 「これで幾らか胸がすいた」と、先へ落ちて...
一 さて、その後。 ――焦土の洛陽に止まるも是非なしと、諸侯の兵も、ぞくぞく本国へ帰った。 袁紹も、兵馬をまとめて一時、河内郡(河南省・懐慶)へ移ったが、大兵を擁していることとて、立ちどころに、兵糧に窮してしまった。 ...
一 孔明の従えてきた荊州の舟手の兵は、みな商人に姿を変えていた。玄徳と夫人、また随員五百を各〻の舟に収容すると、たちまち、櫓櫂をあやつり、帆を揚げて、入江の湾口を離れた。 「やあ、その舟返せ」 呉の追手は、遅ればせに来て...
一 呉侯は、呂蒙の死に、万斛の涙をそそいで、爵を贈り、棺槨をそなえ、その大葬を手厚くとり行った後、 「建業から呂覇を呼べ」と、いいつけた。 呂覇は呂蒙の子である。やがて張昭に連れられて荊州へ来た。孫権は可憐な遺子をながめ...
一 澄み暮れてゆく夕空の無辺は、天地の大と悠久を思わせる。白い星、淡い夕月――玄徳は黙々と広い野をひとりさまよってゆく。 「ああ、自分も早、四十七歳となるのに、この孤影、いつまで無為飄々たるのか」 ふと、駒を止めた。 ...
一 孟獲は自陣に帰った。だが数日はぼんやり考えこんでばかりいる。弟の孟優が、 「兄貴、とても孔明にはかなわないから、いっそ降参したらどうかね」 と意見すると、彼は俄然、魂が入ったようにくわっと眼をむいた。 「ばかをぬ...
予州(よしゅう)とは、中国の古代の地方行政区画のひとつであり、三国志の時代には重要な舞台となった地域です。 予州はおおよそ現在の河南省南部や安徽省西部を中心とした広い範囲を指します。中国古代の「九州」のうちの一つでもあり、黄河の南側...
一 旌旗色なく、人馬声なく、蜀山の羊腸たる道を哀々と行くものは、五丈原頭のうらみを霊車に駕して、空しく成都へ帰る蜀軍の列だった。 「ゆくてに煙が望まれる。……この山中に不審なことだ。誰か見てこい」 楊儀、姜維の両将は、物...
一 「それがしは、魏の部将鄭文という者です。丞相に謁してお願いしたいことがある」 ある日、蜀の陣へ来て、こういう者があった。 孔明が対面して、 「何事か」 と、質すと、鄭文は拝伏して、 「降参を容れていただ...
一 曹操の本軍と、西涼の大兵とは、次の日、潼関の東方で、堂々対戦した。 曹軍は、三軍団にわかれ、曹操はその中央にあった。 彼が馬をすすめると、右翼の夏侯淵、左翼の曹仁は、共に早鉦を打ち鼓を鳴らして、その威風にさらに気勢...
一 敵を誘うに、漫罵愚弄して彼の怒りを駆ろうとするのは、もう兵法として古すぎる。 で、蜀軍はわざと虚陣の油断を見せたり、弱兵を前に立てたり、日々工夫して、釣りだしを策してみたが、呉は土龍のように、依然として陣地から一歩も出て...
一 何思ったか、関羽は馬を下り、つかつかと周倉のそばへ寄った。 「ご辺が周倉といわれるか。何故にそう卑下めさるか。まず地を立ち給え」と、扶け起した。 周倉は立ったが、なお、自身をふかく恥じるもののように、 「諸州大乱...
一 彗星のごとく現われて彗星のようにかき失せた馬超は、そも、どこへ落ちて行ったろうか。 ともあれ、隴西の州郡は、ほっとしてもとの治安をとりもどした。 夏侯淵は、その治安の任を、姜叙に託すとともに、 「君はこのたびの...
一 于禁は四日目に帰ってきた。 そのあいだ曹操は落着かない容子に見えた。しきりに結果を待ちわびていたらしい。 「ただいま立ち帰りました。遠く追いついて、蔡夫人、劉琮ともに、かくの如く、首にして参りました」 于禁の報...
一 敗戦の責任を問われるものと察して、蔡瑁、張允の二人は、はや顔色もなかった。 恟々として、曹操の前へすすみ、かつ百拝して、このたびの不覚を陳謝した。 曹操は、厳として云った。 「過ぎ去った愚痴を聞いたり、また過去...
一 王宮の千客は、みな眼をこすり合った。眼のせいか、気のせいかと、怪しんだのであろう。 ところへ、各人の卓へ、庖人が魚の鱠を供えた。左慈は、一眄して、 「魏王が一代のご馳走といってもいいこの大宴に、名も知れぬ魚の料理とは...