冒頭 璽綬(じじゅ)とは、天子や皇后などが身分と権威を示すために帯びる印璽と、その印に付属する組紐や房などの飾りを指す語です。吉川英治『三国志』では、廃立や処罰の場面で「璽綬を解く」「璽綬を奪う」といった形で現れ、当事者の地位...
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冒頭 永安宮(えいあんきゅう)とは、吉川英治『三国志』で、時期により二つの場所を指して用いられる宮殿名です。後漢末には董卓が廃帝(弘農王)と何太后を幽閉した洛陽の宮中の一郭をいい 、蜀漢では夷陵敗戦後の劉備が白帝城に退いてから...
冒頭 長坂坡(ちょうはんは)とは、荊州の当陽(とうよう)付近にある地名で、劉備軍が潰走するさなか曹操軍に追撃され、長坂橋(ちょうはんきょう)をめぐる攻防が生じた場所です。趙雲がこの地までたどり着き、橋上に単騎で構える張飛の姿を...
冒頭 弘農王(こうのうおう)とは、後漢の皇帝であった少帝(劉弁)が董卓の廃立によって皇位を追われ、王号として改められた称号です。董卓は「現帝を弘農王とし、…代るに陳留王をもって、われらの皇帝として奉戴する」と宣して少帝を玉座から引...
冒頭 博望坡(はくぼうは)とは、劉備が荊州の新野に拠った時期に、曹操軍の夏侯惇が迫った戦場として語られる、新野の北方にある要地です。吉川英治『三国志』では「河南省・新野の北方」とされます。 概要 博望坡は険阻な地形と...
冒頭 孝霊皇帝(こうれいこうてい)とは、後漢の皇帝である霊帝を、死後に追号して呼ぶための諡号です。作中では、董卓が皇帝廃立を進める際に読み上げさせる策文の冒頭で「孝霊皇帝」と掲げられ、先帝として言及されます。 生涯 ...
冒頭 烏林(うりん)とは、長江流域の赤壁と対をなして語られる地名で、赤壁の会戦では北岸側の戦場・陣地として扱われる土地です。現今の地理としては湖北省嘉魚県付近の南北両岸にわたる、水陸の入り組んだ地域として説明されます。 概要...
冒頭 赤壁(せきへき)とは、長江流域にある地名で、曹操軍が呉・劉備方の連合水軍に大敗した「赤壁の会戦」の戦場として知られる場所です。吉川英治『三国志』では、現今の湖北省嘉魚県付近の長江南北両岸にまたがる、水陸が入り組んだ地域と...
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冒頭 宗廟(そうびょう)とは、王朝・国家が祖先(歴代君主や宗族の祖)を祀るために設ける廟で、王統の継続と正統性を象徴する施設です。皇帝が臣下に「国家の宗廟が保たれている」と述べて、国家存続と同義に扱う用例が見られます 。 概...
冒頭 子午谷(しごこく)とは、秦嶺を越えて漢中方面から関中の長安へ通じる山谷の道筋の一つです。蜀が北伐で魏の中枢に迫る際、正面の大路とは別に「虚を衝く」奇道として論じられます。 概要 吉川英治『三国志』では、蜀軍が沔...
冒頭 渤海郡(ぼっかいぐん)とは、後漢以来の行政区分である「郡」の一つで、河北方面に置かれた地方統治単位です。 概要 郡は州の下位にあたり、太守などの官によって戸籍・徴税・治安維持・兵糧や兵員の動員が管掌されます。吉...
冒頭 陽平関(ようへいかん)とは、漢中へ通じる要路に置かれた関所で、魏が漢中へ侵攻する際の攻略目標、また蜀が北方からの圧力を受ける際の防衛線として扱われる地名です。張魯勢は「漢中第一の嶮要」として、ここを中心に守る方針を立てま...
冒頭 伍瓊(ごけい)とは、後漢末に洛陽で董卓政権下の官人として登場する人物で、城門を管掌する校尉の職にあった者です。 生涯 董卓が朝廷を威圧して帝位廃立や政務を進める局面で、侍中の周毖、議郎の何顒らと並んで名を挙げら...
冒頭 街亭(がいてい)とは、蜀が祁山方面へ出兵する際に補給と進軍路を支える要道の要地で、諸葛亮が「我が咽喉に等しい」とまで位置づけた地点です。 概要 吉川英治『三国志』では、街亭は「要道の咽喉」として、敵軍の往来を遮...
冒頭 侍中(じちゅう)とは、後漢から三国時代にかけて置かれた宮中の近侍官で、天子の側近として奏聞や助言、詔勅に関わる機密の取次ぎなどを担った官職です。作中では宮中の要職として、人物の政治的立場や中枢への近さを示す肩書きとして用...
冒頭 禁裡(きんり)とは、天子の居所である宮城、とくに皇帝の居住区域を指す呼称です。吉川英治『三国志』では、洛陽などの正規の宮城だけでなく、帝が移動して仮に御所を置いた場所も「御所となれば、ここは即座に禁裏」とされ、空間そのも...
冒頭 麦城(ばくじょう)とは、関羽が荊州を失って退き、呉軍に包囲されて籠城した古城の地名です。作中では、前秦時代の古城が「地名だけに遺っている」程度の廃城で、久しく人が住まず城壁も荒れ崩れた場所として示されます 。 概要 ...
冒頭 軍法(ぐんぽう)とは、軍隊の行動を統制し、命令違反や掠奪などの罪を裁くための規律や刑罰の体系です。戦場では迅速な統率が必要なため、軍法はしばしば斬罪などの重罰をともない、全軍の秩序維持と指揮権の権威づけに用いられます。 ...
冒頭 太傅(たいふ)とは、後漢から三国時代にかけて置かれた高位の文官職で、君主や皇太子を補佐し、政治上の助言や儀礼上の監督を担う地位です。吉川三国志では、劉備が漢中王に即いた際に嫡子劉禅の教育・補佐役として許靖が太傅に任ぜられ...
冒頭 濡須(じゅしゅ)とは、長江流域で呉の都建業に近い要害として作中に描かれる水流とその周辺地域です。巣湖と長江の中間にある水流の口から一帯を指す地として示されます。 概要 濡須は、呉が北方勢力の南下を防ぐ防禦線の一...
冒頭 禁中(きんちゅう)とは、天子の居所である宮城の内側、とくに政務や儀礼が行われる宮中一帯を指す語です。外部の者が自由に出入りできない区域であるため、禁門などの門によって厳重に区画され、非常時には禁中を守ることが政権の存立そ...
冒頭 鄴(ぎょう)とは、後漢末から魏にかけて華北の要地となった冀州の大城郭で、作中では鄴城・鄴都として現れる都市です。 概要 冀北一帯を押さえる軍事・政治の拠点であり、袁紹勢力の本拠としての性格と、のち曹操が河北平定...
冒頭 中軍校尉(ちゅうぐんこうい)とは、後漢の軍制における校尉の官職の一つで、宮廷や軍の中枢に属する兵を統率する役目を指す呼称です。 概要 校尉は将軍より下位にあたり、一定規模の兵を率いる実務的な武官職として用いられ...