一 澄み暮れてゆく夕空の無辺は、天地の大と悠久を思わせる。白い星、淡い夕月――玄徳は黙々と広い野をひとりさまよってゆく。 「ああ、自分も早、四十七歳となるのに、この孤影、いつまで無為飄々たるのか」 ふと、駒を止めた。 ...
一 何思ったか、関羽は馬を下り、つかつかと周倉のそばへ寄った。 「ご辺が周倉といわれるか。何故にそう卑下めさるか。まず地を立ち給え」と、扶け起した。 周倉は立ったが、なお、自身をふかく恥じるもののように、 「諸州大乱...
一 彗星のごとく現われて彗星のようにかき失せた馬超は、そも、どこへ落ちて行ったろうか。 ともあれ、隴西の州郡は、ほっとしてもとの治安をとりもどした。 夏侯淵は、その治安の任を、姜叙に託すとともに、 「君はこのたびの...
一 于禁は四日目に帰ってきた。 そのあいだ曹操は落着かない容子に見えた。しきりに結果を待ちわびていたらしい。 「ただいま立ち帰りました。遠く追いついて、蔡夫人、劉琮ともに、かくの如く、首にして参りました」 于禁の報...
一 或る日、ぶらりと、関羽のすがたが相府に見えた。 二夫人の内院が、建築も古いせいか、雨漏りして困るので修築してもらいたいと、役人へ頼みにきたのである。 「かしこまりました。さっそく丞相に伺って、ご修理しましょう」 ...
一 十年語り合っても理解し得ない人と人もあるし、一夕の間に百年の知己となる人と人もある。 玄徳と孔明とは、お互いに、一見旧知のごとき情を抱いた。いわゆる意気相許したというものであろう。 孔明は、やがて云った。 「も...
一 樊城は包囲された。弱敵に囲まれたのとちがい、名だたる関羽とその精鋭な軍に包囲されたのであるから、落城の運命は、当然に迫った。 (――急遽、来援を乞う) との早馬は、魏王宮中を大いに憂えさせた。曹操は評議の席にのぞむと...
一 呂布は、呂布らしい爪牙をあらわした。猛獣はついに飼主の手を咬んだのである。 けれど彼は元来、深慮遠謀な計画のもとにそれをやり得るような悪人型ではない。猛獣の発作のごとく至って単純なのである。欲望を達した後は、ひそかに気の...
一 その後、玄徳の身辺に、一つの異変が生じた。それは、劉琦君の死であった。 故劉表の嫡子として、玄徳はあくまで琦君を立ててきたが、生来多病の劉琦は、ついに襄陽城中でまだ若いのに長逝した。 孔明はその葬儀委員長の任を済ま...
一 「えっ、荊州が陥ちた?」 関平は戦う気も萎え、徐晃をすてて一散に引っ返した。混乱するあたまの中で、 「ほんとだろうか? まさか?」 と、わくわく思い迷った。 そして堰城近くまで駈けてくると、こはいかに城は濛...
一 覇者は己れを凌ぐ者を忌む。 張松の眼つきも態度も、曹操は初めから虫が好かない。 しかも、彼の誇る、虎衛軍五万の教練を陪観するに、いかにも冷笑している風がある。曹操たる者、怒気を発せずにはいられなかった。 「張松...
一 関羽が、顔良を討ってから、曹操が彼を重んじることも、また昨日の比ではない。 「何としても、関羽の身をわが帷幕から離すことはできない」 いよいよ誓って、彼の勲功を帝に奏し、わざわざ朝廷の鋳工に封侯の印を鋳させた。 ...
一 大暑七月、蜀七十五万の軍は、すでに成都を離れて、蜿蜒と行軍をつづけていた。 孔明は、帝に侍して、百里の外まで送ってきたが、 「ただ太子の身をたのむ。さらばぞ」 と玄徳に促されて、心なしか愁然と、成都へ帰った。 ...
一 それより前に、関羽は、玄徳の書をたずさえて、幽州涿郡(河北省・涿県)の大守劉焉のもとへ使いしていた。 太守劉焉は、何事かと、関羽を城館に入れて、庁堂で接見した。 関羽は、礼をほどこして後、 「太守には今、士を四...
一 城兵の士気は甦った。 孤立無援の中に、苦闘していた城兵は、思わぬ劉玄徳の来援に、幾たびも歓呼をあげてふるった。 老太守の陶謙は、「あの声を聞いて下さい」と、歓びにふるえながら、玄徳を上座に直すと、直ちに太守の佩印を...
一 玄徳の生涯のうちでも、この時の敗戦行は、大難中の大難であったといえるであろう。 曹操も初めのうちは、部下の大将に追撃させておいたが、 「今をおいて玄徳を討つ時はなく、ここで玄徳を逸したら野に虎を放つようなものでしょう...
関羽(かんう)とは、中国後漢末期から三国時代にかけて活躍した武将で、劉備の義兄弟として知られる人物です。 生涯(生い立ち、活躍、最後) 関羽は、山西省解良県の出身とされ、若い頃には義侠心と武勇で地元にその名を知られるようになりま...
一 呉は大きな宿望の一つをここに遂げた。荊州を版図に加えることは実に劉表が亡んで以来の積年の望みだった。孫権の満悦、呉軍全体の得意、思うべしである。 陸口の陸遜も、やがて祝賀をのべにこれへ来た。その折、列座の中で呂蒙は、 ...
益州(えきしゅう)とは、古代中国における州(行政区域)の一つで、三国志の時代においては、現在の四川省を中心とした地域に該当します。 この地は、蜀(しょく)、すなわち後の蜀漢(しょくかん)が建国された地でもあり、諸葛亮や劉備といった有...
一 劉璋は面に狼狽のいろを隠せなかった。 「曹操にそんな野心があってはどうもならん。張魯も蜀を狙う狼。曹操も蜀をうかがう虎。いったいどうしたらいいのじゃ」 気が弱い、策がない。劉璋はただ不安に駆られるばかりな眼をして云っ...
一 徐庶に別れて後、玄徳は一時、なんとなく空虚だった。 茫然と、幾日かを過したが、 「そうだ。孔明。――彼が別れる際に云いのこした孔明を訪ねてみよう」 と、側臣を集めて、急に、そのことについて、人々の意見を徴してい...
一 大戦は長びいた。 黄河沿岸の春も熟し、その後袁紹の河北軍は、地の利をあらためて、陽武(河南省・原陽附近)の要害へ拠陣を移した。 曹操もひとまず帰洛して、将兵を慰安し、一日慶賀の宴をひらいた。 その折、彼は諸人...
一 ――それより前に。 張飛の首を船底に隠して、蜀の上流から千里を一帆に逃げ降った范疆、張達のふたりは、その後、呉の都建業に来て、張飛の首を孫権に献じ、今後の随身と忠節を誓ったあげく、 「蜀軍七十余万が、近く呉に向って襲...
一 桃園へ行ってみると、関羽と張飛のふたりは、近所の男を雇ってきて、園内の中央に、もう祭壇を作っていた。 壇の四方には、笹竹を建て、清縄をめぐらして金紙銀箋の華をつらね、土製の白馬を贄にして天を祭り、烏牛を屠ったことにして、...
一 穴を出ない虎は狩れない。 曹操は、あらゆる策をめぐらして、呂布へ挑んだが、 「もうその策には乗らない」と、彼は容易に、濮陽から出なかった。 そのくせ、前線と前線との、偵察兵や小部隊は日々夜々小ぜりあいをくり返し...