冒頭 兪美人(ゆびじん)とは、孫堅の後宮にいる側室の一人として挙げられる女性です。孫堅が出陣しようとする局面で、孫堅の弟である孫静が諫言に訪れた際、孫堅の家に残される「母たる」女性たちの一人として、呉夫人・呉姫と並んで名が示さ...
冒頭 呉姫(ごき)とは、江東の覇者である呉侯孫権の妹で、劉備玄徳の夫人となった女性です。作中では呉妹君、孫権の妹君、玄徳の御内方などとも呼ばれます。 生涯 孫権陣営では、周瑜らの対荊州策の一環として婚姻が取り沙汰され...
冒頭 呉夫人(ごふじん)とは、孫堅の正室で、孫策・孫権らの母として孫家の家中を支えた女性です。作中では孫権から「母公」と呼ばれ、江東政権の後見的存在として、重臣への遺言や家族・婚姻をめぐる発言を通じて政治にも影響を及ぼします。...
冒頭 孫翊(そんよく)とは、江東の孫氏(のちの呉)に属する武人で、孫堅の第三子、孫策・孫権の弟として位置づけられる人物です。孫堅の正室呉氏の子として、孫策(長男)、孫権(次男)、孫翊(第三男)、孫匡(第四男)と並べて語られます...
冒頭 孫夫人(そんふじん)とは、呉侯孫権の妹で、劉備玄徳の夫人となった女性です。呉では母の呉夫人に溺愛され、呉と荊州の同盟や領有問題にも関わる政治的結節点として扱われます。 生涯 呉で周瑜らが劉備を婚礼名目で誘い、害...
孫権(そんけん)、字は仲謀(ちゅうぼう)とは 孫権は、三国時代の呉の初代皇帝であり、孫堅の次男、孫策の弟にあたる。字(あざな)は仲謀。長江流域を支配し、呉の基盤を固めた名君として知られる。 生涯 孫権は182年に生ま...
孫堅(そんけん)、字は文台(ぶんだい)とは 孫堅は、後漢末期の武将で「江東の虎」と称された人物。呉の創始者である孫権の父であり、孫策の父でもある。字(あざな)は文台。三国志の物語では、孫呉の礎を築いた英傑として登場する。 生...
一 遷都以後、日を経るに従って、長安の都は、おいおいに王城街の繁華を呈し、秩序も大いにあらたまって来た。 董卓の豪勢なることは、ここへ遷ってからも、相変らずだった。 彼は、天子を擁して、天子の後見をもって任じ、位は諸大...
一 呉の国家は、ここ数年のあいだに実に目ざましい躍進をとげていた。 浙江一帯の沿海を持つばかりでなく、揚子江の流域と河口を扼し、気温は高く天産は豊饒で、いわゆる南方系の文化と北方系の文化との飽和によって、宛然たる呉国色をここ...
一 七日にわたる婚儀の盛典やら祝賀の催しに、呉宮の内外から国中まで、 「めでたい。めでたい」 と、千載万歳を謳歌している中で、独りひそかに、 「何たることだ」と、予想の逆転と、計の齟齬に、鬱憤のやりばもなく、仮病をと...
一 喬国老の邸では、この大賓をふいに迎えて、驚きと混雑に、ごった返した。 「えっ。皇叔と呉妹君との結婚の談があったのですって?」 初耳とみえて、喬国老は、桃のような血色を見せながら、眼をまろくした。 「しかし、それは...
一 孫高、傅嬰の二人は、その夜すぐ兵五十人をつれて、戴員の邸を襲い、 「仇の片割れ」と、その首を取って主君の夫人徐氏へ献じた。 徐氏はすぐ喪服をかぶって、亡夫の霊を祭り、嬀覧、戴員二つの首を供えて、 「お怨みをはらし...
一 眼を転じて、南方を見よう。 呉は、その後、どういう推移と発展をとげていたろうか。 ここ数年を見較べるに―― 曹操は、北方攻略という大事業をなしとげている。 玄徳のほうは、それに反して、逆境また逆境だった...
セン(せん)とは三国志に登場する人物の一人です。 劉備の妻であり、特に劉禅(りゅうぜん、後の蜀漢の二代目皇帝)の母として知られています。姓は「呉」であり、呉夫人や呉氏とも呼ばれますが、小説「三国志」では「セン夫人」と名前で記されるこ...
――一同、その一沓音にふりかえって、誰かと見ると、零陵泉陵の産、黄蓋、字は公覆といって、いま呉の糧財奉行、すなわち大蔵大臣の人物だった。 ぎょろりと、大堂を見わたしながら、天井をゆするような声で、 「諸公はいったい何しとるん...