呉夫人

冒頭
呉夫人(ごふじん)とは、孫堅の正室で、孫策孫権らの母として孫家の家中を支えた女性です。作中では孫権から「母公」と呼ばれ、江東政権の後見的存在として、重臣への遺言や家族・婚姻をめぐる発言を通じて政治にも影響を及ぼします。
 
生涯
幼少で父母と別れ、弟の呉景銭塘へ移り住んだのち孫堅に嫁いだとされ、孫策孫権孫翊孫匡の四子を産んだ、と本人が語ります。
孫堅の出陣に際しては、長男・孫策の従軍を止めようと使者を出すなど、家族を戦乱から遠ざけようとする姿が描かれます。
のち建安十二年冬十月に大病となり、張昭周瑜らを枕元に招いて遺言し、孫権の補佐を依頼するとともに、孫堅を滅ぼした黄祖への報復を忘れないよう言い残して没します。
 
人物像
孫権に対し、父・兄が「千辛万苦」の末に基業を開いたことを踏まえて驕慢を戒め、張昭周瑜を重んじて教えを聞くよう諭すなど、家督継承者への訓戒を行います。
また、妹(孫権の叔母にあたる女性)が後堂にいるため、今後は孫権の母として仕えるように、と家中の内統制にも言及します。
 
血縁
夫は孫堅。子は孫策孫権孫翊孫匡で、孫策の早世と孫翊の横死に触れ、残る孫権と末の妹(孫権の妹君)を互いに大切にするよう言い残します。
実家側の縁者として弟・呉景の名が示されます。
 
関係人物
孫権の後見として張昭周瑜を名指しし、師傅の心で孫権を導くよう依頼します。
また孫堅の敵として江夏黄祖を挙げ、家の怨みとして意識させます。
 
有名なエピソード
孫権荊州攻略を評議した際、劉備玄徳)が「老母が婿」となる縁を引き、荊州には嫁がせた娘がいるとして、軽挙を戒める形で議を止める場面があります。
また、周瑜の策として劉備を婚礼名目で呉へ誘い殺そうとする企てを聞くと、娘を「囮」にする策を強く拒み、これを誹る言葉を述べます。
 
有名なセリフ
張昭周瑜のふたりは、どうか師傅の心をもって、孫権を教えてください」
玄徳はこの老母が婿ではないか」
 
史実との違い
吉川三国志では、孫権の母としての発言力が、荊州・婚姻をめぐる政略を左右する形で強調され、演義で「国太」として活躍する像に近い役割を担います。
「呉夫人」の基本情報
総登場回数
22回
活動期間
4巻にわたって登場
初回登場
群星の巻
最終登場
望蜀の巻
最も活躍した巻
望蜀の巻 (9回登場)
「呉夫人」登場回数
合計: 22回
0 2 4 6 9 0 桃園の巻 3 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 3 孔明の巻 7 赤壁の巻 9 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約3時間前