冒頭 始皇帝(しこうてい)とは、戦国時代の秦王政(のちの皇帝)が中国を統一して称した初代皇帝で、吉川英治『三国志』では主に伝国の玉璽の由来や、日時計の起源を説明する際の基点として現れます。 生涯 秦の王として諸国を滅...
冒頭 荊山(けいざん)とは、楚(そ)の起源や、後に伝国の玉璽(ぎょくじ)の材となる璞玉(はくぎょく)の伝承と結び付けて語られる山地名です。 概要 吉川英治『三国志』では、直接の合戦・政争の舞台というより、古代史の引証...
冒頭 篆字(てんじ)とは、古代中国で用いられた書体で、印章や金石文の刻字に適した、線が均整で装飾性の強い文字です。吉川英治『三国志』では、伝国の玉璽に彫られた印文を読む場面で「篆字《てんじ》の印文」として現れます 。 概要 ...
冒頭 伝国の玉璽(でんこくのぎょくじ)とは、天子の印章として国土の継承と正統を示す朝廷の宝器です。孫策の周辺では「玉璽といえば、天子の印章」と説明され、これを持つことが帝位僭称の根拠になり得るものとして扱われます。 概要 ...
玉璽(ぎょくじ)とは 玉璽とは、中国皇帝の印章を指す。特に「伝国の璽(でんこくのじ)」と呼ばれるものは、秦の始皇帝以来、代々の皇帝に伝わった帝位の象徴とされる至宝である。 歴史的背景 伝国の玉璽は、秦の始皇帝が天下を...
一 壮図むなしく曹丕が引き揚げてから数日の後、淮河一帯をながめると縹渺として見渡すかぎりのものは、焼け野原となった両岸の芦萱と、燃え沈んだ巨船や小艇の残骸と、そして油ぎった水面になお限りなく漂っている魏兵の死骸だけであった。 ...
一 曹丕が大魏皇帝の位についたと伝え聞いて、蜀の成都にあって玄徳は、 「何たることだ!」と、悲憤して、日夜、世の逆しまを痛恨していた。 都を逐われた献帝は、その翌年、地方で薨去せられたという沙汰も聞えた。玄徳はさらに嘆き...
一 ――一方。 洛陽の焦土に残った諸侯たちの動静はどうかというに。 ここはまだ濛々と余燼のけむりに満ちている。 七日七夜も焼けつづけたが、なお大地は冷めなかった。 諸侯の兵は、思い思いに陣取って消火に努めて...
一 益州の平定によって、蜀蛮の境をみだしていた諸郡の不良太守も、ここにまったくその跡を絶った。 従って、孔明の来るまで、叛賊の中に孤立していた永昌郡の囲みも、自ら解けて、太守王伉は、 「冬将軍が去って、久しぶりに春の天日...
一 玄徳の死は、影響するところ大きかった。蜀帝崩ず、と聞えて、誰よりも歓んだのは、魏帝曹丕で、 「この機会に大軍を派せば、一鼓して成都も陥すことができるのではないか」 と虎視眈々、群臣に諮ったが、賈詡は、 「孔明がお...
一 その夜、孔明は、諸将と会して、話の末に、 「趙雲はたいへんいいことを云って、自分の戦策を慰めてくれたが、しかしなんといっても、今度の大殺戮を敢えて行ったことは、大いに陰徳を損じたものである」と、語って、またその戦略について...