冒頭 鄴(ぎょう)とは、後漢末から魏にかけて華北の要地となった冀州の大城郭で、作中では鄴城・鄴都として現れる都市です。 概要 冀北一帯を押さえる軍事・政治の拠点であり、袁紹勢力の本拠としての性格と、のち曹操が河北平定...
冒頭 銅雀台(どうじゃくだい)とは、曹操が河北の鄴城近く、漳河のほとりに築いた高大な楼台建築です。造営の中心となる台を銅雀台とし、左右に玉龍台・金鳳台を配し、空中に反り橋を架けて連絡させる構えとして語られます 。 概要 ...
冒頭 河北省(かほくしょう)とは、中国北部で黄河以北の平原地帯を中心とする地域名で、吉川英治『三国志』では冀州・幽州・并州・青州など「河北の諸州」を含む広い北方圏を説明する際に用いられる呼称です。 概要 作中で「河北...
一 近年、漢中(陝西省・漢中)の土民のあいだを、一種の道教が風靡していた。 五斗米教。 仮にこう称んでおこう。その宗教へ入るには、信徒になるしるしとして、米五斗を持てゆくことが掟になっているからである。 「わしの家...
一 龐統はその日から、副軍師中郎将に任ぜられた。 総軍の司令を兼ね、最高参謀府にあって、軍師孔明の片腕にもなるべき重職についたわけである。 建安十六年の初夏の頃。 魏の都へ向って、早馬を飛ばした細作(諜報員)は、...
一 都門をさること幾千里。曹操の胸には、たえず留守の都を憶う不安があった。 西涼の馬超、韓遂の徒が、虚をついて、蜂起したと聞いたせつな、彼は一も二もなく 「たれか予に代って、許都へ帰り、都府を守る者はないか。風聞はまだ風...
一 北方攻略の業はここにまず完成を見た。 次いで、曹操の胸に秘められているものは、いうまでもなく、南方討伐であろう。 が、彼は、冀州城の地がよほど気に入ったとみえて、ここに逗留していること久しかった。 一年余の工...
一 覇者は己れを凌ぐ者を忌む。 張松の眼つきも態度も、曹操は初めから虫が好かない。 しかも、彼の誇る、虎衛軍五万の教練を陪観するに、いかにも冷笑している風がある。曹操たる者、怒気を発せずにはいられなかった。 「張松...
一 周瑜は、呉の先主、孫策と同じ年であった。 また彼の妻は、策の妃の妹であるから、現在の呉主孫権と周瑜とのあいだは、義兄弟に当るわけである。 彼は、盧江の生れで、字を公瑾といい、孫策に知られてその将となるや、わずか二十...
一 冀北の強国、袁紹が亡びてから今年九年目、人文すべて革まったが、秋去れば冬、冬去れば春、四季の風物だけは変らなかった。 そして今し、建安十五年の春。 鄴城(河北省)の銅雀台は、足かけ八年にわたる大工事の落成を告げてい...