鄴
冒頭
概要
冀北一帯を押さえる軍事・政治の拠点であり、袁紹勢力の本拠としての性格と、のち曹操が河北平定後に整備して魏の中枢機能を集めていく性格を併せ持ちます。鄴城は「北国随一の要害」とされ、攻防戦では堅城ぶりが強調されます。
歴史
のち曹操は鄴に大規模な造営を行い、漳河のほとりに銅雀台を築き、諸州の将や百官を招く祝賀の場ともなります。 さらに鄴都の魏王宮が整えられ、許都から官人が移され「都は鄴都にあるようなもの」と受け取られる状況も示されます。
関連人物
曹操は鄴に銅雀台を築き、曹丕・曹植(曹子建)を鄴城に留めて工事・整備を担わせます。 袁尚は鄴城を拠点にし、審配が籠城戦で曹操軍を支えます。 また曹丕は父の死に際して鄴都にあり、魏王宮で柩を迎える場面が置かれます。
史実との違い