冒頭 兵符(へいふ)とは、軍の出動や守備の交代などを命じる権限を証明するための符号で、所持者の命令が正当であることを示す軍政上の信任具です。壇上の盟約や任命儀礼では、白旄・黄鉞などの軍権を象徴する器物、印綬と並べて捧持され、総...
冒頭 黄鉞(こうえつ)とは、軍権を象徴する儀仗の一つで、主将や統帥に委ねられる指揮権・処断権を示す鉞(まさかり)です。吉川英治『三国志』では「白旄黄鉞」と並べて、総帥の周囲に立つ親衛・儀仗の標識として描かれます 。 概要 ...
冒頭 白旄(はくぼう)とは、白い獣毛などを飾りとして付した軍中の儀仗で、旗や鉾先の標識として用いられるものです。吉川英治『三国志』では、黄鉞などと並ぶ軍令・権威の象徴として現れます。 概要 「旄」は本来、旗竿や武具の...
冒頭 白毦兵(はくじへい)とは、蜀漢の君主劉備の麾下に属したとされる精鋭の親衛・近衛部隊で、兜や旗などに「白い毦(けものの尾毛で作る飾り)」を用いたことに由来する呼称です。軍中では主君の直衛、陣営警固、先鋒・殿軍など要所の運用...
一 この日、曹操は景山の上から、軍の情勢をながめていたが、ふいに指さして、 「曹洪、曹洪。あれは誰だ。まるで無人の境を行くように、わが陣地を駆け破って通る不敵者は?」 と、早口に訊ねた。 曹洪を始め、そのほか群将も...
一 都門をさること幾千里。曹操の胸には、たえず留守の都を憶う不安があった。 西涼の馬超、韓遂の徒が、虚をついて、蜂起したと聞いたせつな、彼は一も二もなく 「たれか予に代って、許都へ帰り、都府を守る者はないか。風聞はまだ風...
一 程秉は逃げ帰るように急いで呉国へ引き揚げた。その結果、ふたたび建業城中の大会議となって、閣員以下、呉の諸将は、今さらの如く蜀の旺盛な戦意を再認識して、満堂の悽気、恐愕のわななき、おおうべくもなかった。 「諸員。何をか恐れる...
一 よほど打ち所が悪かったとみえる。周瑜は営中の一房に安臥しても、昏々とうめき苦しんでいる。 軍医、典薬が駈けつけて、極力、看護にあたる一方、急使は、呉の主孫権の方へこの旨を報らせに飛ぶ。 「奇禍に遭って、都督の病は重態...
一 彼の病気はあきらかに過労であった。それだけに、どっと打臥すほどなこともない。 むしろ病めば病むほど、傍人の案じるのをも押して、軍務に精励してやまない彼であった。近頃聞くに、敵の軍中には、また気負うこと旺なる将士が、大いに...
一 さて。――日も経て。 曹操はようやく父のいる郷土まで行き着いた。 そこは河南の陳留(開封の東南)と呼ぶ地方である。沃土は広く豊饒であった。南方の文化は北部の重厚とちがって進取的であり、人は敏活で機智の眼がするどく働...
一 孫権にとって甥の孫韶は義理ある兄の子でありまた兄の家、愈氏の相続人であった。だから彼が死罪になれば、兄の家が絶えることにもなる。 身は呉王の位置にあっても、軍律の重きことばかりは、如何ともし難いので、孫権はそんな事情まで...
一 冬が来た。 連戦連勝の蜀軍は、巫峡、建平、夷陵にわたる七十余里の戦線を堅持して、章武二年の正月を迎えた。 賀春の酒を、近臣に賜うの日、帝玄徳も微酔して、 「雪か、わが鬢髪か。思えば朕も老いたが、また帷幕の諸大将...