山陰
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「なにが来るのだろうか」と、関羽をかえりみた。 関羽は、手をかざして、道の前方数十町の先を、眺めていた。そこは山陰になって、山と山の間へ道がうねっているので、太陽の光もかげり、何やら一団の人間と旗とが、こっちへさして来るのは分るが官軍やら黄巾賊の兵やら――また、地方を浮浪している雑軍やら、見当がつかなかった。 だが、次第に近づくに従って、ようやく旗幟がはっきり分った。関羽が、それと答えた時には、従う兵らも口々に云い交わしていた。
「彼に地の利あれば、われにも地の利を取らねばなるまい」 。 曹操もまた、一方の山に添うて陣をしいた。そして、その行動が日没から夜にわたっていたのを幸いに、夜どおしで、道もなさそうな山に一すじの通りを坑り、全軍の八割まで山陰の盆地へ、かくしてしまった。 夜が明けて、朝霧もはれかけてくると、小手をかざして彼方の陣地から見ていた劉表、張繍の兵は、 。「なんだ、あんな小勢か」と、呟いている様子だった。
「……オオ。」 。 とたんに樹々の嫩葉も梢もびゅうびゅうと鳴って、一点暗黒となったかと思うまに、一柱の巻雲が、はるか彼方の山陰をかすめて立ち昇った。「――龍だ、龍だ」 。「あれよ、龍が昇天した」 。
冬の梢は、青空を透かして見せ、百禽の声もよく澄みとおる。淙々とどこかに小さい滝の音がするかと思えば、颯々と奏でている一幹の巨松に出会う。――坂道となり山陰となり渓橋となり、遠方此方の風景は迎接に遑なく、かなり長い登りだが道の疲れも忘れてしまう。「おお、あれらしい」 。 関羽は、指さして、玄徳をふり向いた。
城下の町角から「令」の一字を書いた旗を背にした一騎が近寄って来て、 。「いよいよ、怪しいことばかりです。いま諸方の巡警からしらせて来たところによると、関羽は江陵より攻め来り、張飛は柹帰より攻め来り、また、黄忠は公安の山陰から現れ、魏延は孱陵の横道から殺到しつつあるということです。兵数そのほか、事態はまだよく分りませんが、なにしろ喊の声は、遠近にひびき、さながら四方五十余里まるで敵に埋ったかのような空気で――そこらの部落や下民どもまで、口々に玄徳、孔明の叫びを真似て――呉客周瑜を生捕りにしろ...
――」を見るべく、関羽は高地へ登って、遥かに手をかざした。 まず、樊城の城内をうかがえば、すでにそこの敵は外部と断たれてから、士気もふるわず旗色も萎靡して、未だに魏の援軍とは連絡のとれていないことが分る。 また一方、城外十里の北方を見ると、その附近の山陰や谷間や河川のほとりには、なんとかして城中の味方と連絡をとろうとしている魏の七手組の大将が七軍にわかれて、各所に陣を伏せている様子が明らかに遠望された。「関平。土地の案内者をここへ呼べ」 。
「いかん。一応、ほかへ陣を移そう。どこか涼しい山陰か水のある谷間へ」 。 帝玄徳も、ついにこの布令をなさずにはいられなくなった。 すると馬良が注意して、 。