濮陽興
冒頭
濮陽興(ぼくようこう)とは、三国時代末期の呉に仕えた重臣で、皇帝交代期の政局運営に深く関与した人物です。
生涯
呉の朝廷にあって文官として台頭し、君主側近として政務に携わりました。孫綝らによる政変で皇帝が交替する局面では、新たな君主擁立と政権安定を優先する立場に立ち、同僚の張布らとともに政務の中枢を担います。孫休の治世では、朝廷の統制と官僚機構の運用を支える役割を果たし、孫休没後の後継問題では孫晧の即位に関与したとされます。ところが即位後の孫晧の専断が強まると、濮陽興は旧来の重臣層として警戒され、讒言や政争のなかで失脚し、最終的に死に追い込まれたと伝えられます。
人物像
武功よりも朝廷内の議政・調整に軸足を置く官僚型の重臣で、政局の空白を埋めるための合議や人事を通じて権力を支えた点に特色があります。一方で、後継選定に関与したことが、のちの政権下で政治的負債となり得る立場でもありました。
関係人物
史実との違い
吉川三国志では濮陽興は物語の主要人物としては扱われにくく、史実では呉末期の皇位継承と重臣粛清に関わった点が重要視されます。