冒頭 十八ヵ国(じゅうはっかこく)とは、後漢末に董卓討伐を名目として、諸州の有力諸侯が連合して編成した大規模な軍事同盟を指す呼称です。 概要 吉川英治『三国志』では、曹操の計画により「会合の諸侯十八ヵ国」とされ、兵力...
冒頭 十七鎮(じゅうしちちん)とは、董卓打倒を名目に関東の諸侯が挙兵した際、連合軍を第一鎮から第十七鎮までの軍勢単位に区分して数えた呼称です。袁紹・曹操らが本営に集まり、戦況挽回の軍議を行う場面でも「十七鎮の諸侯」として一括し...
冒頭 十八鎮(じゅうはっちん)とは、董卓討伐を掲げて各地の諸侯が陳留を中心に集合し、軍を「第一鎮」以下の部隊単位に分けて布陣した連合軍の呼称です。会合した勢力は「諸侯十八ヵ国」とも数えられ、陣地が長く連なる大軍として描かれます...
冒頭 反董卓連合(はんとうたくれんごう)とは、後漢末、董卓が朝廷の実権を握って洛陽を支配したことに対し、関東側の諸侯が「董卓討伐」を名目に結成した連合軍です。吉川英治『三国志』では、陳留を中心に「十八ヵ国」の諸国が呼応し、袁紹...
冒頭 十八路諸侯(じゅうはちろしょこう)とは、董卓の専横を討つ名目で糾合された、諸州・諸国の軍勢連合を指す呼称です。吉川英治『三国志』では「会合の諸侯十八ヵ国。兵力数十万」とされ、第一鎮から第十七鎮まで陣を連ねたと記されます ...
一 汜水関のほうからは、たえず隠密を放って、寄手の動静をさぐらせていたが、その細作の一名が、副将の李粛へ、ある時こういう報告をしてきた。 「どうもこの頃、孫堅の陣には、元気が見えません。おかしいのは兵站部から炊煙がのぼらないこ...
一 さて。――日も経て。 曹操はようやく父のいる郷土まで行き着いた。 そこは河南の陳留(開封の東南)と呼ぶ地方である。沃土は広く豊饒であった。南方の文化は北部の重厚とちがって進取的であり、人は敏活で機智の眼がするどく働...