十七鎮

冒頭
十七鎮(じゅうしちちん)とは、董卓打倒を名目に関東諸侯が挙兵した際、連合軍を第一鎮から第十七鎮までの軍勢単位に区分して数えた呼称です。袁紹曹操らが本営に集まり、戦況挽回の軍議を行う場面でも「十七鎮の諸侯」として一括して扱われます。
 
概要
吉川三国志では、陳留を中心に諸侯が集結し、袁紹を総大将、曹操を参謀として布陣を整え、第一鎮から第十七鎮まで陣地を連ねたとされます。
また、第一鎮から第十七鎮までの将軍がそれぞれ一万以上の手兵を率いて参集した、と規模の大きさが説明されます。
 
意味
鎮は一隊の軍勢、またはその駐屯・持ち場を指す語で、連合軍内部の隊列上の番号として用いられます。たとえば袁紹自身は到着順の都合で第十七鎮に配され、第一鎮には袁術、第二鎮に韓馥、第三鎮に孔伷、第四鎮に劉岱、第五鎮に王匡、第六鎮に張邈、第七鎮に喬瑁が挙げられます。
 
関連人物
連合の中心人物として袁紹曹操が位置づけられ、諸侯が総帥のもとに会して作戦会議を行います。
また、公孫瓚は第十六鎮として描かれ、途中で劉備らがその軍に加わる経緯が示されます。
 
史実との違い
吉川三国志では「会合の諸侯十八ヵ国」としつつ実際の編制を「第一鎮より第十七鎮」と数える形で整理しており、一般に流布する「反董卓連合=十八諸侯」という言い方とは数え方・呼称が揺れる扱いになっています。
「十七鎮」登場回数
合計: 5回
0 1 2 3 5 0 桃園の巻 5 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約4時間前