冒頭 楊郡(ようぐん)とは、漢代中国の地方行政区画である郡の一つとして作中に現れる地名です。楊奉が献帝に対し、部下の徐晃の出自を「河東楊郡の生れ」と奏上する形で言及されます 。 概要 作中では「河東」と併記され、楊郡は河東地...
冒頭 王邑(おうゆう)とは、後漢末に河東郡の太守として名が見える地方官で、献帝一行が飢えと寒さに苦しむ局面で食糧と衣服を届けた人物です。 生涯 作中では河東の太守として登場し、長安周辺の混乱の中で帝と皇后が漂泊し、護...
冒頭 公明(こうめい)とは、魏の武将・徐晃(じょこう)の字(あざな)です。吉川英治『三国志』では「徐晃、字を公明と称ぶ勇士」として紹介され、楊奉の配下として帝を護衛する局面で名が明示されます 。 生涯 河東楊郡の出身...
冒頭 上党(じょうとう)とは、後漢末から三国時代にかけて并州に属した郡名で、太行山脈の西麓にひらける要地です。 概要 上党郡は、黄河中流域と華北平原(冀州方面)を結ぶ山地の交通を押さえる位置にあり、山間の険阻と峠道の...
冒頭 解良(かいりょう)とは、後漢末の河東郡に属した県・郷里名として語られる地名です。吉川英治『三国志』では、関羽が自己紹介の中で「河東解良(山西省・解県)の産」と名乗り、自身の出自を示す地として登場します。 概要 ...
河南(かなん)とは 河南は、中国の地名で、黄河の南に位置する地域を指す。現在の河南省の名もここに由来する。後漢から三国時代にかけて中原の中心にあたり、政治・軍事・経済の要地として重要な役割を果たした。 歴史的背景 河...
一 亡国の最後をかざる忠臣ほど、あわれにも悲壮なものはない。 審配の忠烈な死は、いたく曹操の心を打った。 「せめて、故主の城址に、その屍でも葬ってやろう」 冀州の城北に、墳を建て、彼は手厚く祠られた。 建安九...
河東(かとう)とは、中国における地名のひとつである。主に後漢〜三国時代には、河東郡として記録されている。黄河の東側、現在の山西省南部にあたり、当時は交通・軍事の要衝地であった。 この地域は歴史的に重要な拠点となり、多くの有力者や勢力...
一 母と子は、仕事の庭に、きょうも他念なく、蓆機に向って、蓆を織っていた。 がたん…… ことん がたん 水車の回るような単調な音がくり返されていた。 だが、その音にも、きょうはなんとなく活気があり、歓...
一 楊奉の部下に、徐晃、字を公明と称ぶ勇士がある。 栗色の駿馬に乗り、大斧をふりかぶって、郭汜の人数を蹴ちらして来た。それに当る者は、ほとんど血煙と化して、満足な形骸も止めなかった。 郭汜の手勢を潰滅してしまうと楊奉は...