冒頭 許攸(きょゆう)とは、袁紹陣営から曹操へ投降し、官渡の戦局を動かす情報と策をもたらした人物です。吉川英治『三国志』では、曹操と同郷で幼少から面識のある旧友として描かれ、袁紹軍内では不遇な将校であった事情が示されます 。...
冒頭 烏巣(うそう)とは、官渡の戦いの局面で、袁紹軍の兵糧を集積した糧倉が置かれた要害の地です。吉川英治『三国志』では、官渡の陣から四十里ほどにある兵站拠点として示され、袁紹軍を養う糧米が蓄えられていたとされます 。 概要 ...
冒頭 淳于瓊(じゅんうけい)とは袁紹軍の将で、官渡の戦いで河北軍の兵糧拠点である烏巣の穀倉守備を任された人物です。烏巣・鄴都に「河北軍の生命をつなぐ穀倉」があるとして、審配の進言を受けた袁紹が、淳于瓊を大将に約二万余騎を急派し...
冒頭 官渡の戦い(かんとのたたかい)とは、後漢末に曹操と河北の袁紹が、河南北方の要地官渡を挟んで長期に対陣し、補給線と幕僚運用の優劣が勝敗を決した会戦です。袁紹が河北諸州の大軍を官渡へ集結させたことから戦端が開かれます。 概...
一 その後、玄徳は徐州の城へはいったが、彼の志とは異っていた。しかし事の成行き上、また四囲の情勢も、彼に従来のようなあいまいな態度や卑屈はもうゆるさなくなってきたのである。 玄徳の性格は、無理がきらいであった。何事にも無理な...
一 粛正の嵐、血の清掃もひとまず済んだ。腥風都下を払って、ほっとしたのは、曹操よりも、民衆であったろう。 曹操は、何事もなかったような顔をしている。かれの胸には、もう昨日の苦味も酸味もない。明日への百計にふけるばかりだった。...
一 冬十月の風とともに、 「曹操来る。曹軍来る」の声は、西平のほうから枯野を掃いて聞えてきた。 袁尚は愕いて、にわかに平原の囲みをとき、木の葉の如く鄴城へ退却しだした。 袁譚は城を出て、その後備えを追撃した。そして...
一 呉を興した英主孫策を失って、呉は一たん喪色の底に沈んだが、そのため却って、若い孫権を中心に輔佐の人材があつまり、国防内政ともに、いちじるしく強化された。 国策の大方針として、まず河北の袁紹とは絶縁することになった。 ...
一 亡国の最後をかざる忠臣ほど、あわれにも悲壮なものはない。 審配の忠烈な死は、いたく曹操の心を打った。 「せめて、故主の城址に、その屍でも葬ってやろう」 冀州の城北に、墳を建て、彼は手厚く祠られた。 建安九...
一 槍の先に、何やら白い布をくくりつけ、それを振りながらまっしぐらに駈けてくる敵将を見、曹操の兵は、 「待てっ、何者だ」と、たちまち捕えて、姓名や目的を詰問した。 「わしは、曹丞相の旧友だ。南陽の許攸といえば、きっと覚えて...
一 その頃、北海(山東省・寿光県)の太守孔融は、将軍に任命されて、都に逗留していたが、河北の大軍が、黎陽まで進出してきたと聞いて、すぐさま相府に馳けつけ、曹操に謁して、こう直言した。 「袁紹とは決して軽々しく戦えません。多少は...