曹操の求賢令
冒頭
求賢令(きゅうけんれい)とは、群雄が割拠する乱世において、政治や軍事を担いうる有能な人材を広く募り、仕官を促すために出される布告や命令です。
概要
吉川英治『三国志』の曹操は、兗州に拠って勢力を固めてゆく過程で「頻りと賢を招き、士を募って、有能の士には好遇を与える」と評判され、各地から勇士や学者が集まる状況が描かれます。 このような人材登用の呼びかけと、それが生む人の流動を指して「求賢令」と総称でき、軍事力だけでなく政務・謀略・文治を支える幕僚層の形成に直結します。
意味
「賢」は徳と才を備えた人物、「令」は公の命令を意味します。求賢令の機能は、単なる募集ではなく、家柄や旧勢力のしがらみから相対的に距離を取りつつ、必要な能力を持つ者を取り立てて統治機構を厚くする点にあります。作中でも曹操は「賢を愛し、人材を求むる」者として世評されます。
関連人物
曹操(そうそう)は、士を厚遇して陣営に取り込み、戦略立案や行政運営を進める中核に据える人物として位置づけられます。とくに人材を得ること自体を大きな利得として喜ぶ態度が示され、配下吸収の政策的意義が強調されます。
史実との違い