既生瑜何生亮
冒頭
既生瑜何生亮(すでにゆをしょうじて、なにぞまたりょうをしょうぜしむ)とは、周瑜が自らの不運と宿命を嘆き、天が周瑜を世に生ませながら、なぜさらに諸葛亮(孔明)という同時代の大才を生じたのか、と言い表す成句です。吉川英治『三国志』では、周瑜が遺書を書き終えたのちの臨終の言として「天すでに、この周瑜を地上に生ませ給いながら、何故また、孔明を地に生じ給えるや!」と記されます。
概要
「瑜」は周瑜、「亮」は諸葛亮を指し、才略や軍略における競合関係を背景として用いられます。作中では、赤壁戦後の対立局面などで孔明が周瑜の策を外し、周瑜が恥辱と憤激を重ねる経緯が描かれ、この成句が周瑜の無念を集約する形になります。
意味
同格の才能が同時に現れたために、片方が時勢・評価・功業の面で報われにくくなる、という宿命観を帯びた嘆きの表現です。漢文としては、前半「既生瑜」で既に周瑜を生んだ、後半「何生亮」でどうして諸葛亮まで生んだのか、という対句構造で、原因を天命に帰す言い方になっています。
関連人物
周瑜(公瑾)は呉の大都督として対曹操戦を主導し、諸葛亮は劉備陣営の軍師として呉蜀関係にも影響を及ぼします。吉川英治『三国志』では、周瑜が孔明に対して激しい対抗意識を抱き、孔明の言動が周瑜の心身を損ねていく筋立てが、この成句の文脈となります。
史実との違い