顧雍

冒頭
顧雍(こよう)とは、孫権の呉に仕えた重臣で、政務と外交の議に列し、のちに丞相として国政中枢を担う人物です。作中では張昭らと並ぶ宿老格として登場し、朝議における慎重論の代表として位置づけられます 。
 
生涯
呉の政堂で重臣団の一員としてたびたび評議に加わり、対魏・対蜀の選択が迫られる局面で意見を述べます。魏の使者を迎える礼の是非をめぐって孫権を諫め 、また魏の修交提案を前に、正面衝突を避けて国力の消耗を抑えるべきだと説きます 。後年には丞相として、陸遜とともに太子を守らせる体制の一角に置かれます 。
 
人物像
作中の顧雍は、武断よりも政略と均衡を重んじる文治派として描かれます。蜀呉同盟が生む対魏戦の衝撃下でも、まず蜀の出兵を促して戦局を分散させ、呉は要地を固めるべきだと論じるなど、外交と戦略の連動を考える立場を示します 。
 
関係人物
張昭と並び重臣連の側に立って発言し 、孫権に対しては諫言役として対面します 。また陸遜の登用をめぐっては、張昭らとともに反対意見を述べる側に回ります 。
 
有名なエピソード
陸遜推挙の議で、顧雍は「陸遜は元来、文字の人で、軍事には何の才もありはしない」と断じ、若さと人望の薄さを理由に登用へ強く反対します 。また魏の不可侵的修交をめぐる評議では、魏の意図を警戒しつつも拒絶による消耗を避ける現実策を述べます 。
 
有名なセリフ
「何も魏の臣下などをお迎えに出るに及ばないでしょう。わが君にはすでに江東江南の国主ではありませんか」
陸遜は元来、文字の人で、軍事には何の才もありはしない」
 
史実との違い
吉川三国志では慎重論・文治派としての発言場面に比重が置かれる一方、史実では呉の制度運用や行政面での功績も大きい人物として伝えられます。
「顧雍」の基本情報
総登場回数
12回
活動期間
4巻にわたって登場
初回登場
赤壁の巻
最終登場
五丈原の巻
最も活躍した巻
出師の巻 (5回登場)
「顧雍」登場回数
合計: 12回
0 1 2 3 5 0 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 4 赤壁の巻 0 望蜀の巻 2 図南の巻 5 出師の巻 1 五丈原の巻
最終更新日: 約3時間前