一 戦陣に在る日は、年を知らない曹操も凱旋して、すこし閑になずみ、栄耀贅沢をほしいままにしていると、どこが痛む、ここが悪いと、とかく体のことばかり訴える日が多かった。 いかんせん彼もすでに今年六十五という老齢である。体のまま...
一 味方の大捷に、曹操をはじめ、十八ヵ国の諸侯は本陣に雲集して、よろこびを動揺めかせていた。 そのうちに、討取った敵の首級何万を検し大坑へ葬った。 「この何万の首のうちに、一つの呂布の首がないのだけは、遺憾だな」 ...
一 「このまま踏み止まっていたら、玄徳はさておいて、呂布が、違約の敵と名乗って、総勢で攻めてくるにちがいない」 紀霊は、呂布を恐れた。 何だか呂布に一ぱい喰わされた気もするが、彼の太い神経には、まったく圧服されてしまった...
一 そのむかし、まだ洛陽の一皇宮警吏にすぎなかった頃、曹操という白面の青年から、おれの将来を卜してくれといわれて、 「おまえは治世の能臣だが、また乱世の奸雄だ」 と予言したのは、洛陽の名士許子将という人相観だった。 ...
一 「なに、無条件で和睦せよと。ばかをいい給え」 郭汜は、耳もかさない。 それのみか、不意に、兵に令を下して、楊彪について来た大臣以下宮人など、六十余人の者を一からげに縛ってしまった。 「これは乱暴だ。和議の媒介に参...
一 白馬は疎林の細道を西北へ向ってまっしぐらに駆けて行った。秋風に舞う木の葉は、鞍上の劉備と芙蓉の影を、征箭のようにかすめた。 やがて曠い野に出た。 野に出ても、二人の身をなお、箭うなりがかすめた。今度のは木の葉のそれ...
一 王允は、一家を挙げて、彼のためにもてなした。 善美の饗膳を前に、呂布は、手に玉杯をあげながら主人へ云った。 「自分は、董太師に仕える一将にすぎない。あなたは朝廷の大臣で、しかも名望ある家の主人だ。一体、なんでこんなに...
一 雨やどりの間の雑談にすぎないので巧みに答えをかわされたが、曹操は、腹も立てられなかった。 玄徳は、すこし先に歩いていたが、よいほどな所で、彼を待ち迎えて、 「まだ降りそうな雲ですが」 「雨もまた趣があっていい。雨...
揚州(ようしゅう)とは、中国の古代から三国時代にかけて存在した地名・行政区画です。 揚州は中国南東部、長江より南、江蘇省南部や浙江省、安徽省、江西省、福建省の一部など広範囲を含む地域にあたります。三国志の舞台では重要な地域のひとつで...
一 そこを去って、蕭関の砦を後にすると、陳登は、暗夜に鞭をあげて、夜明け頃までにはまた、呂布の陣へ帰っていた。 待ちかねていた呂布は、 「どうだった? ……蕭関の様子は」と、すぐ糺した。 陳登はわざと眉を曇らして、...
一 百官の拝礼が終って、 「新帝万歳」の声が、喪の禁苑をゆるがすと共に、御林軍(近衛兵)を指揮する袁紹は、 「次には、陰謀の首魁蹇碩を血まつりにあげん」 と、剣を抜いて宣言した。 そしてみずから宮中を捜しまわっ...
一 まだ敵味方とも気づかないらしいが、樊城の完全占領も時の問題とされている一歩手前で、関羽軍の内部には、微妙な変化が起っていたのである。 魏の本国から急援として派した七軍を粉砕し、一方、樊城城下に迫ってその余命を全く制しなが...
一 一方、孫乾は油江口にある味方の陣に帰ると、すぐ玄徳に、帰りを告げて、 「いずれ周瑜が自身で答礼に参るといっておりました」と、話した。 玄徳は、孔明と顔見合わせて、 「これほどな儀礼に、周瑜が自身で答礼に来るという...
一 当時、中国の人士が、西羗の夷族と呼びならわしていたのは、現今の青海省地方――いわゆる欧州と東洋との大陸的境界の脊梁をなす大高原地帯――の西蔵人種と蒙古民族との混合体よりなる一王国をさしていっていたものかと考えられる。 さ...
一 呉はここに、陸海軍とも大勝を博したので、勢いに乗って、水陸から敵の本城へ攻めよせた。 さしも長い年月、ここに、 (江夏の黄祖あり) と誇っていた地盤も、いまは痕かたもなく呉軍の蹂躙するところとなった。 城...
一 河北の広大をあわせ、遼東や遼西からも貢ぎせられ、王城の府許都の街は、年々の殷賑に拍車をかけて、名実ともに今や中央の府たる偉観と規模の大を具備してきた。 いわゆる華の都である。人目高いその都門へ、赤裸同然な態たらくで逃げ帰...
一 隣国へ使いに行った帯来が帰ってきて告げた。 「われわれの申入れを承知して、数日の間に、木鹿王は自国の軍を率いて来ましょう。木鹿軍が来れば、蜀軍などは木っ端微塵です」 彼の姉祝融夫人も、その良人孟獲も、今はそれだけを一...
一 冀北の強国、袁紹が亡びてから今年九年目、人文すべて革まったが、秋去れば冬、冬去れば春、四季の風物だけは変らなかった。 そして今し、建安十五年の春。 鄴城(河北省)の銅雀台は、足かけ八年にわたる大工事の落成を告げてい...
一 宮殿の廂をこえて、月の光は玄徳の膝の辺まで映している。妃は、燭が消えているのに気づいて、侍女を呼んで明りをつけさせながら、 「どうなさいましたか」 と、玄徳の側へ寄った。 「いや、几に倚って、独り書を読んでいたの...
一 ――華雄討たれたり ――華雄軍崩れたり 敗報の早馬は、洛陽をおどろかせた。李粛は、仰天して、董相国に急を告げた。董卓も、色を失っていた。 「味方は、どう崩れたのだ」 「汜水関に逃げ帰っています」 「関を...
一 次の日、陳珪は、また静かに、病床に横臥していたが、つらつら険悪な世上のうごきを考えると小沛にいる劉玄徳の位置は、実に危険なものに思われてならなかった。 「呂布は前門の虎だし、袁術は後門の狼にも等しい。その二人に挟まれていて...
一 禰衡が江夏へ遊びに行っている間に、曹操の敵たる袁紹のほうからも、国使を差向けて、友好を求めてきた。 荊州は両国からひッぱり凧になったわけである。いずれを選ぶも劉表の胸ひとつにある。こうなると劉表は慾目に迷って、かえって大...
雲長(うんちょう)とは、中国後漢末期から三国時代にかけて活躍した武将、関羽(かんう)の字(あざな)です。一般的には関羽のことを指します。 関羽は、もともと山西省解県出身の武人で、劉備を義兄弟(劉備、張飛とともに「桃園の誓い」を結ぶ)...
一 南蛮国における「洞」は砦の意味であり、「洞の元帥」とはその群主をいう。 いま国王孟獲は、部下の三洞の大将が、みな孔明に生擒られ、その軍勢も大半討たれたと聞いて、俄然、形相を変えた。 「よし、讐をとってやる」 こ...
一 楊奉の部下に、徐晃、字を公明と称ぶ勇士がある。 栗色の駿馬に乗り、大斧をふりかぶって、郭汜の人数を蹴ちらして来た。それに当る者は、ほとんど血煙と化して、満足な形骸も止めなかった。 郭汜の手勢を潰滅してしまうと楊奉は...