冒頭 陳矯(ちんきょう)とは、魏に仕えた文官で、軍中では長史として主将を補佐し、朝廷では尚書令・兵部尚書として政務と人事・軍政に関与した人物です。魏の政権運営や継承をめぐる局面で、その名が現れます。 生涯 吉川英治の...
冒頭 尚書令(しょうしょれい)とは、後漢末から三国期にかけて中枢官庁である尚書台・尚書省を統轄し、詔勅や行政文書の処理、官僚機構の運用を総覧した高位の官職です。 概要 尚書は本来、天子の文書実務を担う官ですが、制度の...
冒頭 僕射(ぼくしゃ)とは、中国の官制で、尚書台など中枢官庁に属し政務の処理や上奏文書の取りまとめを担った高級官職の一つです。尚書令を補佐し、時代により「左僕射」「右僕射」などに分かれて置かれました。 概要 「僕射」...
冒頭 桓楷(かんかい)とは、吉川英治『三国志』に登場する官吏で、使者としての折衝や、魏の朝廷における受禅工作に名が見える人物です。 生涯 孫堅戦死後、呉軍が孫堅の遺体を取り戻すため、捕虜とした黄祖を返還して遺体の引き...
冒頭 尚書(しょうしょ)とは、後漢から魏・蜀・呉にかけて中枢の政務を扱った官職、またその官府組織を指す語です。詔勅の起草・奏上の取次ぎ・法令や人事の運用など、皇帝権力を実務面で支える職掌と結びつきます。 概要 吉川英...
冒頭 侍中(じちゅう)とは、後漢から三国時代にかけて置かれた宮中の近侍官で、天子の側近として奏聞や助言、詔勅に関わる機密の取次ぎなどを担った官職です。作中では宮中の要職として、人物の政治的立場や中枢への近さを示す肩書きとして用...
冒頭 華歆(かきん)とは、曹操・曹丕の政権下で要職を歴任し、漢末から魏初にかけて宮廷の意思決定と権力移行に深く関わる重臣です。後に魏の官制で大尉に列し、王朗・陳群らと並ぶ高位の文官として扱われます。 生涯 曹操の近臣...
冒頭 陳群(ちんぐん)とは、曹魏の朝廷で重職を担い、漢から魏への禅譲と、その後の政権運営に関与する文臣です。 生涯 作中では、魏の群臣が天の瑞祥を口実に「受禅」を公然と議しはじめた局面で、陳群は尚書令の桓楷、陳矯らと...
一 魏では、その年の建安二十五年を、延康元年と改めた。 また夏の六月には、魏王曹丕の巡遊が実現された。亡父曹操の郷里、沛の譙県を訪れて、先祖の墳を祭らんと沙汰し、供には文武の百官を伴い、護衛には精兵三十万を従えた。 沿...
一 魏の勢力が、全面的に後退したあとは、当然、玄徳の蜀軍が、この地方を風靡した。 上庸も陥ち、金城も降った。 申耽、申儀などという旧漢中の豪将たちも、 「いまは誰のために戦わん」といって、みな蜀軍の麾下へ、降人とな...
一 魏の大軍が呉へ押襲せてくるとの飛報は、噂だけにとどまった。 嘘でもなかったが、早耳の誤報だったのである。 この冬を期して、曹操が宿望の呉国討伐を果たそうとしたのは事実で、すでに南下の大部隊を編制し、各部の諸大将の任...
一 楊奉の部下が、 「徐晃が今、自分の幕舎へ、敵方の者をひき入れて何か密談しています」 と、彼の耳へ密告した。 楊奉は、たちまち疑って、 「引っ捕えて糺せ」と、数十騎を向けて、徐晃の幕舎をつつみかけた。すると、...