冒頭 郿塢街道(びうかいどう)とは、長安周辺から郿塢へ通じる街道を指す作中用語です。禁中の混乱のさなか、献帝と皇后を載せた輦が「郿塢街道のほうへ」急行したと記され、宮城・長安と郿塢を結ぶ移動路として扱われます。 概要 ...
冒頭 後宰門(こうさいもん)とは、皇帝の居所を含む宮城の区画に設けられた宮門の一つとして用いられる門名です。吉川英治『三国志』では、禁闕から外へ出る経路として現れます。 概要 宮門は、宮中と城内外とを隔て、警備や出入...
冒頭 龍座(りゅうざ)とは、天子や皇帝が政務・儀礼の場で着座する玉座を、龍にちなむ尊称で言い表した語です。宮中の混乱に際し、天子を「龍座」から引き離して連れ出す場面にも用いられます。 概要 中国では龍が皇帝権威の象徴...
冒頭 左霊(されい)とは、後漢末の長安で起きた李傕・郭汜らの内訌のさなか、天子(献帝)と皇后が輦に移されて連れ去られる場面に登場する武将です。李傕方の李暹が天子を掌握しようとした際、謀臣の賈詡と並んで「監視役」として付けられま...
冒頭 李暹(りせん)とは、長安の混乱期に李傕(りかく)一派に属し、献帝と皇后の身柄を押さえて政局の主導権を握ろうとした武人です。李傕側の人物として「李司馬の甥」とも記されます。 生涯 李傕・郭汜(かくし)が長安で争っ...
冒頭 李別(りべつ)とは、長安政権で権勢をふるった軍閥・李傕(りかく)の甥とされる武人です。叔父の陣営に属し、軍中での密告や戦場での前衛として名が挙がります。 生涯 李別は、李傕配下の将として登場し、樊稠(はんちゅう...
李傕(りかく)とは 董卓の旧臣で四大将の一人。董卓滅亡後、西涼方面の敗兵を糾合して長安に復帰し、献帝のもとで車騎将軍・のち大司馬にまでのぼるが、同僚の郭汜と覇権を争い、都下を血で染める混乱の中心人物として描かれる。曹操と対峙した戦...
一 曹操は、さらにこう奏上して、帝に誓った。 「生を国土にうけ、生を国恩に報ぜんとは、臣が日頃から抱いていた志です。今日、選ばれて、殿階の下に召され、大命を拝受するとは、本望これに越したことはありません。――不肖、旗下の精兵二...
一 一銭を盗めば賊といわれるが、一国を奪れば、英雄と称せられる。 当時、長安の中央政府もいいかげんなものに違いなかったが、世の中の毀誉褒貶もまたおかしなものである。 曹操は、自分の根城だった兗州を失地し、その上、いなご...