冒頭 始皇帝(しこうてい)とは、戦国時代の秦王政(のちの皇帝)が中国を統一して称した初代皇帝で、吉川英治『三国志』では主に伝国の玉璽の由来や、日時計の起源を説明する際の基点として現れます。 生涯 秦の王として諸国を滅...
冒頭 漢の高祖(かんのこうそ)とは、秦末の動乱を勝ち抜いて前漢を建てた初代皇帝で、名を劉邦(りゅうほう)という人物です。作中では、後漢末の群雄が自らの正統性や政略を語る際の典拠として引かれ、泗上の亭長から身を起こし、大漢四百年...
冒頭 伝国の玉璽(でんこくのぎょくじ)とは、天子の印章として国土の継承と正統を示す朝廷の宝器です。孫策の周辺では「玉璽といえば、天子の印章」と説明され、これを持つことが帝位僭称の根拠になり得るものとして扱われます。 概要 ...
滎陽(けいよう)とは 後漢から三国時代にかけての地名で、現在の河南省鄭州市滎陽市付近にあたります。 歴史 古代中国における交通の要衝であり、黄河と洛陽を結ぶ重要な地点でした。戦略上の価値が高く、秦末の陳勝・呉広の乱や...
曹参(そうしん)とは 前漢の初期に仕えた武将・政治家で、劉邦(高祖)の腹心のひとり。楚漢戦争で功を立て、のちに相国となった人物。三国志の時代よりもはるか以前の人である。 生涯 沛県の出身で、若いころから劉邦に従い、項...
項羽(こうう)とは 項羽は、中国秦末から漢初にかけての武将・覇者で、楚の名門出身。姓は項、名は籍(せき)、字は羽。一般には「西楚の覇王」として知られる。三国志の時代より約400年前の人物であり、直接の登場はしないが、後世の英雄...
一 酒宴のうちに、曹操は、陳登の人間を量り、陳登は、曹操の心をさぐっていた。 陳登は、曹操にささやいた。 「呂布は元来、豺狼のような性質で、武勇こそ立ち優っていますが、真実の提携はできない人物です。――こういったら丞相は...
一 潁川の地へ行きついてみると、そこにはすでに官軍の一部隊しか残っていなかった。大将軍の朱雋も皇甫嵩も、賊軍を追いせばめて、遠く河南の曲陽や宛城方面へ移駐しているとのことであった。 「さしも旺だった黄巾賊の勢力も、洛陽の派遣軍...
一 劉岱、王忠は、やがて許都へたち還ると、すぐ曹操にまみえて、こう伏答した。 「玄徳にはなんの野心もありません。ひたすら朝廷をうやまい、丞相にも服しております。のみならず土地の民望は篤く、よく将士を用い、敵のわれわれに対してす...
一 まだ若い廃帝は、明け暮れ泣いてばかりいる母の何太后と共に、永安宮の幽居に深く閉じこめられたまま、春をむなしく、月にも花にも、ただ悲しみを誘わるるばかりだった。 董卓は、そこの衛兵に、 「監視を怠るな」と厳命しておいた...
一 馬謖は云った。 「なぜか、司馬懿仲達という者は、あの才略を抱いて、久しく魏に仕えながら、魏では重く用いられていません。彼が曹操に侍いて、その図書寮に勤めていたのは、弱冠二十歳前後のことだと聞いています。曹操、曹丕、曹叡、三...
一 ――一方。 洛陽の焦土に残った諸侯たちの動静はどうかというに。 ここはまだ濛々と余燼のけむりに満ちている。 七日七夜も焼けつづけたが、なお大地は冷めなかった。 諸侯の兵は、思い思いに陣取って消火に努めて...
一 「あっ、何だろう?」 宿直の人々は、びっくりした。真夜半である。燭が白々と、もう四更に近い頃。 寝殿の帳裡ふかく、突然、孫策の声らしく、つづけさまに絶叫がもれた。すさまじい物音もする。 「何事?」と、典医や武士も...
一 ――それより前に。 張飛の首を船底に隠して、蜀の上流から千里を一帆に逃げ降った范疆、張達のふたりは、その後、呉の都建業に来て、張飛の首を孫権に献じ、今後の随身と忠節を誓ったあげく、 「蜀軍七十余万が、近く呉に向って襲...
一 蜀軍の武威は大いに振った。行くところ敵なきその形容はまさに、原書三国志の記述に髣髴たるものがうかがわれる。 ――蜀ノ建興五年冬、孔明スデニ天水、南安、安定ノ三郡ヲ攻取リ、ソノ威、遠近ヲ靡カセ、大軍スデニ祁山ニ出デ、渭水ノ西ニ...
一 禁苑の禽は啼いても、帝はお笑いにならない。 簾前に花は咲いても、帝のお唇は憂いをとじて語ろうともせぬ。 きょうも終日、帝は、禁中のご座所に、物思わしく暮しておわした。 三名の侍女が夕べの燭を点じて去る。 ...
一 そのむかし、まだ洛陽の一皇宮警吏にすぎなかった頃、曹操という白面の青年から、おれの将来を卜してくれといわれて、 「おまえは治世の能臣だが、また乱世の奸雄だ」 と予言したのは、洛陽の名士許子将という人相観だった。 ...
一 途中、しかも久しぶりに都へかえる凱旋の途中だったが――曹操はたちどころに方針を決し、 「曹洪は、黄河にのこれ。予は、これより直ちに、汝南へむかって、玄徳の首を、この鞍に結いつけて都へ還ろう」と、いった。 一部をとどめ...
――一同、その一沓音にふりかえって、誰かと見ると、零陵泉陵の産、黄蓋、字は公覆といって、いま呉の糧財奉行、すなわち大蔵大臣の人物だった。 ぎょろりと、大堂を見わたしながら、天井をゆするような声で、 「諸公はいったい何しとるん...
一 ようやく許都に帰りついた曹操は帰還の軍隊を解くにあたって、傍らの諸将にいった。 「先頃、安象で大敵に待たれた時、見つけない一名の将が手勢百人たらずを率い、予の苦戦を援けていたが、さだめし我に仕官を望む者であろう。いずれの隊...