冒頭 平原県令(へいげんけんれい)とは、後漢の地方行政区画である平原県に派遣された長官で、県政と治安・徴税などを統括する官職です。 概要 「県令」は県のトップに当たる地方官で、中央の命令を地方で執行し、戸籍・租税・訴...
冒頭 中牟県(ちゅうぼうけん)とは、後漢末の河南(現在の河南省)に置かれた県で、洛陽の東方、開封と鄭州の中間にあたる地域として示されます。 概要 中牟県は、洛陽から東へ抜ける交通路に近い県域として位置づけられ、関門の...
冒頭 県令(けんれい)とは、郡の下に置かれた行政区画である県を統治する長官で、民政・裁判・租税など県政一般を管掌する官職です。吉川英治『三国志』では、龐統が耒陽県の県令として赴任する例が描かれます 。 概要 県令は、...
冒頭 漢室の宗親(かんしつのそうしん)とは、漢王朝(劉氏)の皇帝家につらなる一族・同姓の血縁集団、およびその親類関係を指す言葉です。吉川英治『三国志』では、劉備が「漢室の宗親」であることが、諸侯や朝廷からの扱い、同族間の政治判...
冒頭 捕吏(ほり)とは、郡県の官府に属し、犯罪者や被疑者の捕縛、連行、監視など実務の執行にあたる下級の吏員です。吉川英治『三国志』では、兵と行動して容疑者を取り囲み、縄にかけて連行する役として現れます。 概要 捕吏は...
冒頭 太守(たいしゅ)とは、漢代の地方行政区画である郡の長官で、郡守(ぐんしゅ)とも呼ばれる官職です。作中でも「郡守(郡の長官、即ち太守)」として説明され、地方官としての到達点の一つに数えられています。 概要 太守は...
冒頭 県軍(けんぐん)とは、後漢末の地方行政区画である県が、治安維持や賊徒の捜索・討伐のために動員した武装勢力、または県の官吏が統率する部隊を指す呼び名です。黄巾賊などの反乱勢力に対し、県の側が自衛・警備として編成する兵力とし...
平原県(へいげんけん)とは 平原県は後漢末期の地名で、現在の山東省徳州市平原県にあたる。黄河下流域に位置する平野部であり、後漢末の動乱期には劉備が一時、県令として赴任した地として知られる。 歴史的背景 平原県は後漢の...
桃園の巻黄巾賊流行る童歌白芙蓉張飛卒桑の家橋畔風談童学草舎三花一瓶義盟転戦檻車秋風陣十常侍打風乱柳岳南の佳人故園乱兆舞刀飛首蛍の彷徨い呂布赤兎馬春園走獣白面郎「曹操」# 群星の巻偽忠狼心競う南風江東の虎関羽一杯の酒虎牢関洛陽落日賦生死...
一 汜水関のほうからは、たえず隠密を放って、寄手の動静をさぐらせていたが、その細作の一名が、副将の李粛へ、ある時こういう報告をしてきた。 「どうもこの頃、孫堅の陣には、元気が見えません。おかしいのは兵站部から炊煙がのぼらないこ...
一 曹操の本軍と、西涼の大兵とは、次の日、潼関の東方で、堂々対戦した。 曹軍は、三軍団にわかれ、曹操はその中央にあった。 彼が馬をすすめると、右翼の夏侯淵、左翼の曹仁は、共に早鉦を打ち鼓を鳴らして、その威風にさらに気勢...
一 城兵の士気は甦った。 孤立無援の中に、苦闘していた城兵は、思わぬ劉玄徳の来援に、幾たびも歓呼をあげてふるった。 老太守の陶謙は、「あの声を聞いて下さい」と、歓びにふるえながら、玄徳を上座に直すと、直ちに太守の佩印を...
一 ここしばらく、孔明は荊州にいなかった。新領治下の民情を視、四郡の産物など視察して歩いていた。 彼の留守である。龐統が荊州へ来たのは。 「予に会いたいというのか」 「おそらく仕官を求めにきたものと思われますが」 ...
一 眼を転じて、南方を見よう。 呉は、その後、どういう推移と発展をとげていたろうか。 ここ数年を見較べるに―― 曹操は、北方攻略という大事業をなしとげている。 玄徳のほうは、それに反して、逆境また逆境だった...
一 曹操は、侍者に起されて、暁の寒い眠りをさました。夜はまだ明けたばかりの頃である。 「何か」と、帳を払って出ると、 「城中より侯成という大将が降を乞うて出で、丞相に謁を賜りたいと陣門にひかえております」 と、侍者は...
一 さて。――日も経て。 曹操はようやく父のいる郷土まで行き着いた。 そこは河南の陳留(開封の東南)と呼ぶ地方である。沃土は広く豊饒であった。南方の文化は北部の重厚とちがって進取的であり、人は敏活で機智の眼がするどく働...
一 樊城へ逃げ帰った残兵は、口々に敗戦の始末を訴えた。しかも呂曠、呂翔の二大将は、いくら待っても城へ帰ってこなかった。 すると程経てから、 「二大将は、残りの敗軍をひきいて帰る途中、山間の狭道に待ち伏せていた燕人張飛と名...