袁遺(えんい)とは 吉川英治の三国志に登場する袁氏一族の一人で、反董卓連合の諸侯として名が挙がる人物。虎牢関の戦いでは、王匡・鮑信・喬瑁・孔融・張楊・陶謙・公孫瓚らと並ぶ一軍の主として参陣している。 生涯(活躍の要点) 反董...
鮑信(ほうしん)とは 後漢末の武将で、兗州出身。義に厚く、曹操と深く関わった人物として知られる。 生涯 鮑信は兗州の豪族で、兄弟の鮑韜とともに名望を集めていた。黄巾の乱の鎮圧で功を立て、やがて曹操に協力する立場となる...
趙萌(ちょうぼう)とは 趙萌は、後漢末期に登場する武将の一人。『三国志演義』や吉川英治『三国志』において、董卓の混乱後に幼帝(劉協)を護送する場面に登場する。 生涯(物語上の役割) 董卓や十常侍の乱で宮廷が混乱した際...
一 この暁。 洛陽の丞相府は、なんとなく、色めき立っていた。 次々と着いてくる早馬は、武衛門の楊柳に、何頭となくつながれて、心ありげに、いななきぬいていた。 「丞相、お目をさまして下さい」 李儒は、顔色をかえ...
一 洛陽の余燼も、ようやく熄んだ。 帝と皇弟の車駕も、かくて無事に宮門へ還幸になった。 何太后は、帝を迎えると、 「おお」 と、共に相擁したまま、しばらくは嗚咽にむせんでいた。 そして太后はすぐ、 ...
一 何進の幕将で中軍の校尉袁紹は、何進の首を抱いて、 「おのれ」と、青鎖門を睨んだ。 同じ何進の部下、呉匡も、 「おぼえていろ」と、怒髪を逆だて、宮門に火を放つと五百の精兵を駆って、なだれこんだ。 「十常侍をみな...
一 さて。――日も経て。 曹操はようやく父のいる郷土まで行き着いた。 そこは河南の陳留(開封の東南)と呼ぶ地方である。沃土は広く豊饒であった。南方の文化は北部の重厚とちがって進取的であり、人は敏活で機智の眼がするどく働...
一 ――華雄討たれたり ――華雄軍崩れたり 敗報の早馬は、洛陽をおどろかせた。李粛は、仰天して、董相国に急を告げた。董卓も、色を失っていた。 「味方は、どう崩れたのだ」 「汜水関に逃げ帰っています」 「関を...